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種松山の競馬
福田公園から種松山を登るのが、 私の一番お気に入りのトレーニングコースである。
野鳥保護地区にも指定され、 山野草を保存している一角もある。 春には公園の桜が見事であるが、 バラ園も整備され、みかん狩りのできるコーナーもある。
はるか昔、古代人が生活していたあとの貝塚が粒江に二ヶ所と、 第二福田小学校横にある。 三十センチも掘り起こすと、 土器や人骨もでてきたらしい。 藤戸合戦の折には、 敗走する平家の兵がこの山を越えた。 粒江のある住宅地では、夜中になると、 よろいかぶとの落ち武者がいまだに現れると言う。 江戸・明治には山頂で、 西明院と金毘羅宮がともに盛況であった。 祭りともなれば、 たくさんの露店が出て、一日中にぎわいを見せていた。 茶店も三軒、遍路宿もあった。 旧の十月十日には金毘羅宮で大相撲大会が行われた。 午前中は粒江の東西子ども会の対抗戦。 午後は、児島郡一帯から選ばれた力自慢の力士による トーナメントと奉納宮相撲が。 それぞれの力士には四股名もちゃんとついていたらしい。 春になると金毘羅宮の境内で競馬も開かれた。 このことを覚えているお年寄りが、まだいる。 馬券はなかったものの、 勝ち馬にはどっさり賞金があり、 子どもも大人もおおいに盛り上がったそうだ。
にぎやかだつた山頂の社も、 何せ240メートルの登り降りが大変だということで、 下界に移築された。
ここでは、にぎやかに競馬が開催された。
野鳥のさえずりを聞きながら、 昔のにぎわいを思いながら、 四季折々の種松山を走っている時が一番幸せである。
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