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ままかり 炭で焼いて、酢漬けにしたこの小ぶりの魚は、 骨ごと食べることができ、また、おいしい。 あまりのおいしさにご飯が足りなくなり、 おもわず隣にまま(ご飯)をかりに行ったことから、 ママカリと呼ばれるようになった。 観光で倉敷に来たなら、 やはり一度は食べておかなければならないだろう。
春の呼松港 安楽院の上の桜が満開
水島灘の北部浅瀬は、高梁川の河口を中心に海藻が生え、 ままかり、つなしの好漁場であった。 これを捕る船が、本荘に5隻、呼松に13隻あり、 漁期は夏の暑い頃から川風の吹く11月頃までと長く、 漁場も近く漁獲量も一定しており、 安定した漁業として明治の頃より昭和26年頃まで続いた。 ままかり漁は手間の要る重労働で、 船は3人乗りが普通である。 1日の平均水揚げ高は8〜10円で、 大漁の日は15円前後の時もあった。 昭和の初頃の職人の日当が2円の頃の話であり、 何とか一家を支えることができる額であった。 漁場は上水島、下水島、杓島、六口島の周辺で、 釣るか網で捕るかである。 ままかりは、暑い日中は藻の中にいて、 夕方近くになると藻の外に出て群れをなして泳ぎ回り、 さらに、太陽が沈む頃には大群となって沿岸近くまで来て、 海面でぱちぱちと飛び跳ねることもある。 特にこの時間帯を狙ってままかりを網で捕る漁を、 「夕まじめ漁」と言い、 浅口地区から20隻、児島地区から15隻の船が入り乱れての漁であり、 暑い日の夕涼みを兼ねた村の風物詩であった。 昭和25年頃、水島港開港に伴い、船舶の出入りが多くなり、 「夕まじめ漁」は廃止となった。 |