青春期の決断

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漁民の間に「板子一枚下は地獄」ということわざがあるが,

私が小学校卒業後,直ちに家業の漁業に従事し,

3年が過ぎた昭和2年,19歳のときのこと。

父親と2人で出漁中,にわかに起こった夏の夕立で

突風吹き荒れ,一瞬にして船は転覆,

神に命乞いをして生死をさまようこと1時間。

当時,船の動力は櫓に頼るしかなかったが,

木造船であったことが幸いし,

必死の思いで船にしがみついて助けを待ちました。

夕立が去ってうそのように穏やかになり,

漁友の船に救助され九死に一生を得た。

あのときの恐ろしさは今でも忘れません。

人間誰しも人生に野望や空想を抱くもの。

「危険と背中合わせの漁業より,陸の仕事に変わりたい。」

以前より私の心の隅にあったこの欲望は,

ついに言葉となって父に向けられた。

親子が命拾いして日も浅く,

さすがの父もこのときばかりは即答できず,

祖父米蔵の意見を聞くことになり,

家族会議をもつことになった。

私がこのような気持ちになったのも,

3歳年下で無二の親友,田中辰夫君の影響があった。

彼は小学校卒業後,鉄道員を志願して,

大阪の知人の元へ旅立っていった。

このことが私の頭から離れず,

鉄道員への憧れを強くしていった。

ついに家族会議の日が来た。

容易ならざる雰囲気の中,上座に座る祖父米蔵に言った。

「漁村と言えども漁師ばかりが仕事じゃない。

 僕も辰ちゃんのような陸の仕事をしてみたい。」

生意気に言う私に,過日の海難事故のこともあってか,

今まで静かに話を聞いてくれた祖父の目つきが変わった。

「おまえが考えているほど、陸の仕事はあまくはないぞ。

 地元に多くの会社があるでなし,

 あるのは倉敷紡績と倉敷レーヨンの2社,

しかも,募集社員は女工ばかり。

辰ちゃん方のお父さんは公務員,

他の兄弟も皆それぞれに職についとる。

しかも,辰ちゃんは年も若く学業優秀,

大阪にも知人があっての上阪と聞く。

お前が漁業を捨てて上阪しても,向うに知人があるでなし,

漁村に育ったお前を見るに,都会の一人歩きは無理がある。

他人の飯には骨が有る。

一人孫のお前を離せばわしは不安で眠れまい。

甘言迷路に乗りやすく、

血気に逸る青年時代の雲をつかむような空想もわからぬでもない。」

と代々続いたこの漁業を絶やしてなるかと,

祖父の説得に力がこもる。

これらの道理を聞き分けて,孫子を思い家を思い,

漁業なくしてなにがある,祖父の意見に頭が下がる。

自らを省みて蛙の子は蛙の子と暮らすが世の習いかと諦める。

あれこれ迷わず早く漁法を習得し,

一人前の漁師になれと老い先短い祖父米蔵が私に頼んだ遺言だった。

その後,親友の田中辰夫氏は,

大阪北口駅の電気課の部長まで昇進し、定年を迎えたと聞く。