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大日の森(だいにちのもり)
安楽院と道路をはさんて゛、大きな榎が2本茂っています。 その2本の間にホコラがあり、中に、『大日如来』という文字が見えます。
寿永2年(1183年)の昔、 水島源平合戦の出陣前に、平家の大将能登守教経が、 合戦の勝利を祈るため、 呼松の1丈3尺もあったという榎のもとで、 守り本尊であった大日如来を祈願しました。 7日7夜の祈願をして、その満願の日に、 この浜から船を出して源氏の軍兵と戦い、 潮の流れと日蝕にあわてなかった平家の 大勝利となりました。 児島伝記より
この源平水島合戦の後、勢いを盛り返した平家は、 夢よもう一度と京都に向かうも、 一の谷で奇襲にあい、 藤戸で海を馬でわたられ、 屋島でも連戦連敗。 ついに壇ノ浦で滅亡。
唯一、平家が勝った戦いの祈願をしてかなったのが゛、 ここ『大日様』です。 いまでも、毎日、きれいにそうじがされています。
さて、倉敷市史では、この戦場を、 玉島の、柏島(平家)・乙島(源氏)間であったと推定していますが、 はたして、ここ呼松から海をわたって、 わざわざ、玉島まで行くでしょうか。
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