昔の海岸線

 

ともさんが子どもの頃から、次々と海を埋め立て、海岸線がのびていった。

一番古い海岸線は、

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このような石垣があるので、今でも当時の様子をしのぶことが出来る。

小刻みに埋め立ては進められていったが、

しばらくは、この大波止の海岸線で落ち着いていた。

kobato.jpg (25580 バイト)1959年。

水島に工場があつまり、数々の事故も多発するようになり、

国、県、市、企業が費用を出し合って、

水島福田緑地公園が作られることになった。

これは、万一の工場災害に対しての避難場所確保と、

工場と住宅地の間に緩衝緑地を設ける目的だった。

福田の競技場から広江、呼松、宇野津、宇頭間と切れ目なく続く公園である。

1975年工事が始まり、呼松の海岸線はまたのびた。

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今では、この公園の上で、盆踊りや秋祭りが行われている。

最近は、水門に一番近い広場は、下水道の中継基地になる予定で、

大きな建物が建てられている。

 

今の子どもたちに、ここはついこの前まで海だったんだと言っても、

ピンとこないだろうな。