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満州座
今は,岸田釣具店の前で, バス通りをはさんで駐車場となっている広場。 ここは,「満州座」といって, 映画やいろいろな出し物をしていた建物であった。 私も父に肩車をしてもらって見物したことを かすかに覚えている。 もともとは,大正4年に埋め立てられた土地。 やはたの波戸から小島さん,桶屋までの間に 建てられた2棟の工場が始まりだった。 この工場では,5センチ位の黒い帯状の布が織られた。 これを,満州サナダと言った。 これから,ここを満州工場と言うようになった。 輸出品として生産されていたが, 不況となり,閉鎖された。 この空家になった工場を, ドサ廻りの役者が利用するようになり, その後,建て替えられ, 舞台だけの小屋が建ち, 満州工場の名をそのまま引継ぎ, 「満州座」と言うようになった。
福田地区人口・戸数調査表
昭和25年頃は,ここ呼松が福田地区の心臓部として存在していた。 と言っても言いすぎにはならないだろう。 平地面積が少ないにもかかわらず, 圧倒的に人口,戸数が多く, しかも,それが呼松港付近に密集していた。 また,他地区が農業中心なのに対して, 呼松は水産を始め工業,商業,運輸,公務と いろいろな職種の人々がいた。 この「満州座」も呼松のみならず, 福田の他地区の人たちをも楽しませたのに違いない。
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