潮干狩りと夜掘り

 

王島山の南、今は三菱化学の工場になっているところ。

シャコやエビ、貝類がたくさんとれた。

そのことを話せる人間も少なくなってきた。

 

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潮干狩り(昭和20年)

 

埋め立て前の水島灘北部の浅海は,

大潮の干潮時には3キロにも及ぶ海底が現れる。

沿岸の住民はもちろん,

市内各学校の生徒は遠足を兼ねた潮干狩りにと

多くの人でにぎわった。

獲物はアサリ,ハマグリ,シャコ,藻貝,オオノ貝,マテ貝,

それに色々な小魚など様々であった。

なかでも板敷や水島港(旧高梁川河口)付近では,

特にハマグリや車海老が多く,

呼松や松江沖の地質は泥が多いためシャコが多く生息していた。

膝まで泥にまみれてのシャコ捕りは大変だが,楽しみも多かった。

こうしてあっという間の4時間,

満ち潮となり干潟は徐々に水に沈んでいった。

人それぞれに持つ獲物はずっしりと重そうであった。

当時,潮干狩りで賑わった広範囲な海域は埋め立てられ,

現在の水島石油コンビナートに姿を変え,

日本屈指の貿易港水島が誕生した。

 

夏の夜にする潮干狩りを夜堀りといって,

大人たちの楽しい夜業であった。

夜掘りに適した潮時は旧暦の4日〜7日までと

19日〜22日までの8日間がある。

用意する漁具は,腰に籠を吊り下げて柄元に鉾のついた玉網と

手提げガス灯という身軽にいでたちで,

早々と岸辺に集まり,四方山話に花を咲かせ,潮を待つ。

日暮れ近づき各々海に入り始める。

とっぷりと暮れた夜の海,ガス灯の灯が交錯し血眼で獲物を追う。

収穫は車海老を中心にシャコ,かに,モダコ,小魚などで,

特に車海老は大小合わせて5〜8キロ程あり,

わずか4時間程で日当を稼げるのはとてもうれしかった。

収穫の少ない者は岸辺の砂浜に帰って,ハマグリ掘りに懸命となる。

 

大潮の時は特に満ち潮は速く,沖合いから汐鳴りが聞こえた。