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米騒動
大正7年,全国で米騒動が起きた。 呼松の住民も同調し,夕方から寺に集まり, 鐘を鳴らし騒ぎ始めた。 この時,田中藤平さんから米一俵, 久保屋からは酒が出て, 騒ぎは一夜で治まった。 そのうち,配給制となり,人数によって販売されるようになった。 朝8時から毎日1日分だけ売られた。 場所は,ともさんの家の前,
船大工の津国五郎市さん宅(今の三共)で, 配給員は田中益太,岡田耕作の両氏であった。 また,外米も売られたが, 臭くてなかなか食べられなかったそうだ。 豆類も売られ、ご飯に混ぜて使われた。 |