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呼松村役場
今では、小学生の集団登校の集合場所になっている呼松北公園。 いつも、子供達の元気な声が聞こえてくる。
公園ができる前は、呼松村役場であった。 明治期の政治の中心だったところである。 この役場は、後に「友野医院」となる。 けがや熱が出たときなどすぐに駆け込む事ができた。 私も額を3針縫ってもらった事がある。 この「友野医院」と我が家とは裏でつながっており、 お風呂も隣り合わせだった。 いずれも、五右衛門風呂であった。 最初は新聞紙と松葉などの燃えやすいものから だんだんまきにしていく。 ゴミも大切な燃やす資源だった。 風呂のそこは熱いので、板を敷いて入っていた。
呼松に最初にできた銀行は、 この公園のすぐ前の興除銀行であった。 それが、中備銀行と名前を変え、 海岸通りに移り、中国銀行となり、 今は広江に移転してしまった。
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