松下松右衛門さん

もうすぐ93歳になる3丁目の松下松右衛門さん。

ともさんと二つ違い。

今も元気で、おじゃましていろいろ話をうかがうと、

大きな声で答えてくださった。

話は、呼松のおこりから、下津井のことまで。

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児島の故・角田直一さんとはよく温泉めぐりをしては、

漁のあれこれを話したそう。

角田さんはそれを熱心にメモしては、何冊も本を出版した。

 

松下松右衛門さんも、長い漁師生活を振り返っての本を校正中である。

そこで、お許しを得て、一足先に、何項が紹介させてもらうことに。

 


発刊にあたって

児島半島の西海岸に人口約三千人(昭和四十年調べ)の古き漁村呼松がある。

村の起こりは古事記伝説によると、今を遡ること六百年前としるされている。

前面は水島灘に臨み、住民の大半は漁業にかかわって生活を営んでいた。

私の家も四代にわたる漁師で、八十歳になるまで現役として出漁しましたが、

よる年波には勝てず陸に上がりました。

幸いなことに九十ニ歳を迎えた今も元気で、若き当時に思いを馳せ、

漁業に関する記事やニュースは人一倍関心を持って拝聴いたしております。

昭和二十六年、私が四十五歳の時、

県の方針で水島灘漁場を埋め立てて、

工場を誘致する計画書が漁業組合に提示され、

三百年余り続いた漁場が消滅すると聞いて、

漁民の驚きはたとえようも無く深刻なものでした。

幾度となく県と漁民との話し合いがもたれたものの、

時代の変革期であった当時、計画の実現は急速に進み、

現在の水島コンビナートの隆盛を見るに至りましたが、

変われば変わる水島灘漁場に未練が残ります。

そのような訳で、私の見た限り、知る限りのことを、

一言遺したく、拙い文章ではありますが、

お読みくだされは幸甚に存じます。

 

     老漁民 松下松右衛門

 


では、実際の漁の仕方や公害騒動の様子も紹介させていただきます。    

2000年夏