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電燈ともる 呼松に電燈がついたのは大正5年であった。 それまでは,店をしている家とか, 夜業をする時などは,主としてランプが使用されていた。
多くは,行燈やことぼし(石油を使う小さいもの)が 使用されていた。 行燈は,はじめは菜種油を使って, 皿にトウシシ(い草の中)のようなものを 2本並べて皿より一端を出し,火をつけた。 3本も入れると不経済だと言われた。
ともさんが子供の頃, ランプの火を覆うガラス製の筒を拭くのが 受け持ちで毎日やらされたそうだ。 電燈がはじめて灯った夜は, 電燈をつけなかった家の人たちが見て回った。 なんと便利なものだなあと感心したそうだ。 最初に電燈をつけた家だけ,味野劇場に招待されたそうだ。 王地は10数軒のみで, 悪口で行燈町と言われたらしい。 電燈がつくまでは, 芝居などはガス燈やランプ,百目ろうそくが使われ, 花道などで芸をする時は手燭で顔を照らした。 映画はガス燈を使っていた。
電話が引かれたのは昭和7・8年頃で, 20軒単位で募集されたが, 2戸不足で,高橋の桑田さん,樋の輪の千田さんを入れて やっと1局できた。
こうやってインターネットで全世界に呼松の昔を紹介し、 携帯電話で用事が済んでしまう今の世の中。 だけど、呼松に電燈がついてから90年もたっていない。
3 丁目の電線が走っている昔のメインストリート。 といっても車は対向できない。
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