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大海亀 ともさんの生涯で、2回ほど呼松の打瀬網に大海亀がかかった。 最初はともさんが7才のころで、 北之町の中田愛次郎さんが捕ってきて 東隣の納屋の網を染める入れ物に入れていた。 一度、泳がすことになり、 縄でくくり、船首につないで泳がせていたが、 いつの間にか逃げ、沖のほうへ行ってしまった。 これは、青海亀で背中には牡蠣がついていた。
2回目は上之町の田中仁太郎さんが 三共市場に持ち帰った。 船からあげるのに7・8名必要だった。 ともさんは前足を持ったが、 かまれはしないかと心配だったそうだ。 1日みんなに見学させて、 翌日,沖に持って行き逃がしてやった。 これは,赤海亀であった。
さて、ともさんがフェリー「本島丸」に乗船していたとき、 三子島を後にしたところで、 2メートルもあるかと思われる首らしい物が 水光りしていて、東に向かっていた。 亀であろうという人がいたが、 亀があのように長い首であろうか、 亀があのように太い首であろうか、 と、ともさんは納得がいかなかった。 まったく、同じ経験を私もしている。 小学5年のとき、塩生の漁師さんに たこつぼ漁に連れて行ってもらったことがある。 そのときに目撃した。 うつぼの親分のような奴が くねくねと体を上下させながら泳いでいた。 数秒で姿を消した。 残念なことに、一緒に行った者は誰も見ていなかった。 いったい、あれは何だったのであろうか。 また、呼松港にはカブトカニもよく訪れた。 (昭和30年代、私の少年時代。) 見た目はとても強そうで、 実際に大昔からずっと生き続けてきて、 『生きた化石』と呼ばれているのだけど、 尻尾をつかんでひっくり返すと、 いたずらに足をバタバタさせるだけで、 なかなか自分では起き上がれなかった。 漁師さんの網をよく破るので、 けっこう、厄介者扱いをされていた。
今では考えられない事だけど、 渋川海水浴場では、 たこつりとカブトガニつりが 海岸で行われていた。
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