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鰆(さわら) 鰆(さわら)・・・北海道南部から九州まで分布する、 背中が灰青色、腹が銀白色の魚。 産卵期は四月から五月で、この頃瀬戸内に来る. 五月・六月が主漁期だが、秋にもとれる. おいしいのは、その名のとおり、春。 岡山県人の好む魚の第1位。 鰆と鯛があれば、魚屋ができるといわれている。 焼いて良し、煮て良し、蒸して良し。 そして、なんと言っても、刺身は天下一品。
それでは、松下のおじいちゃんに鰆の漁について聞いてみましょう。
大正の終わりから昭和にかけて、 港内に係留される船は数多くあったが、 舟ごとに漁法が違い、魚種も二十種類に及んだ。 中でも、鰆の流瀬網が主漁で、 その数三十五隻に及び、 鰆の豊漁は村の財政を左右するとまで言われ、 村民の関心も高かった。 節分を過ぎて、六十五日が来ると、 若い漁師たちは捻り鉢巻で出漁の準備に追われる. 港の中は神官による大漁祈願をすませ、 満鑑飾の大漁旗を翻した舟で賑わい、 岸からこれを村民総出で見送る. 船ごとにもやい綱を家族が解いて、 無事を祈って手を合わす. 昭和八年、機械化した鰆の流瀬網漁も、 櫓漕ぎ゜時代の根拠地・下津井港から引き上げ、 母校呼松港に帰ってきた。 この年の鰆は久々の大豊漁で、 叔父の多次郎翁は、一網で百本の漁獲の日もあった。 他の船も平均二、三十本をあげ、 この日の水揚げは総数七百五十本と未曾有の大漁日であった。 魚市場は七十人ほどの行商人で賑わい、 一本平均五円五十銭の記録が残った. 産卵の終わる六月になると、鰆を追って、 漁場は愛媛県今治市沖の燧灘(ひうちなだ)四坂島周辺まで西下する。 このあたりは、毎年鰆漁の最終段階として多くの漁船でにぎわった。 我が町呼松の鰆の流瀬網漁は、 過去に一度海外にも進出した経験をもつ。 時に明治三十三年、県の当局の計画により、 日生、寄島、正頭、香川県多度津、呼松の五か村の参加により、 朝鮮半島の韓国に現地漁村岡山村を建設. 現地漁民に漁法を指導した。 しかし、豊漁続きで、価格の低下と消費地への運搬手段がなく、 また、販売知識の欠如が原因で長続きはしなかった。
韓国の岡山村 ーー山陽新聞から--
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