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アミの袋待漁 アミ。 エビを縮小コピーしたといえばわかるだろうか。 芙蓉の家でいただいたふりかけの中にも入っていた。 実物を見ると、ああこれかと納得してもらえる。 一度だけ、家の前に大量にやって来た。 すくって乾かして食べる用意をしたが、 誰も箸をつけようとはしなかった。 汚れてしまった前の海でとれたものは、 もう安全とはいえない時代になっていた。 松下のおじいちゃん、昔はどうだったのでしょうか?
王島山と港。 ここで、獲物を待ち伏せした。 呼松水路の奥に、福田、古新田の農業配水用の池があり、 水位を調節するために、海が干潮のとき水門を開き、 大量の池の水を一気に海に流す。 港内の狭い水路を、勢いよく水が流れるため、 港内にいるアミ、ハゼ、ウナギ等が流れに乗って流れる。 これを水路に二本のくいを立てて袋網を固定し、 獲物が入るのを待つ。 水路は全長二キロにおよび、途中を七つに区切って網を張り、 天神鼻が最終漁場となる。 このような漁を十二月の中頃までの夜に操業した。 昭和十年まで続いたが、 年を追うごとに水島灘沿岸にくるアミの大群が減り、 袋待漁も消滅した。 また、これとは別に、アミの大群が沿岸に押し寄せたとき、 住民はこれをすくおうと、満潮時に沿岸に列をなし、 腰まで海につかってすくった。 簡単に道具で、昼間の作業ということもあり、 見物人を交えた多くの人で海岸はにぎわった。 戦後まで続いた。
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