柄杓島の伝説

上水島と下水島のそばに、

小杓島・小柄杓島・大杓島・大柄杓島という変わった名前の島がある。

それまで、船頭衆からは「灘の四ッ子島」と呼ばれていた。

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風が頼りの帆船の頃のお盆の日、ここを通りかかった千石船。

呼松海岸の方では、

盆の流し船であろうか、小さな灯りが見える。

「そうか。今日は盆か。」

ゆるやかに進む船のかじを握る船頭がつぶやく。

急に船足が落ちた。

不思議に思った船頭が海面をのぞいてみると、

「柄杓をかせえ。」

という声がかすかに聞こえてきた。

「これは、いつか聞いた幽霊じゃ。わし一人ではどうにもならん。」

船頭は水夫を起こして助けを求めた。

しかし、その間も、どこか悲しそうな声はだんだん数を増していく。

水夫達も、その小さな声が、

「柄杓をかせえ、柄杓をかせえ。」

と訴えているのを認めた。

「今日は盆じゃ。亡骸も今日ばかりは真水が欲しいんじゃろう。

 供養に水を入れた柄杓を投げ入れてやれ。」

船頭が水夫に命じた。

 

水夫が柄杓を投げてやると、

何千何百という手が海面から出てきて、

反対に、柄杓で海水を汲んでは船の中へいれ、

千石船を沈めてしまった。

 

遠く源平の昔、

唯一、平家が源氏に勝つことができた水島海戦。

そのときのおびただしい武士のなきがらは、

呼松の墓(ガングロ)に埋められたとも、

五輪塔の下に眠っているとも言われている。

ただ、海に中に沈んでいった者は、

そのまま海の生物の食べ物になったに違いない。

その怨霊たちの仕業だといわれている。

 

このようなことが何度か続いたので、

漁師の間では、

「水島の魔に柄杓を貸すな。」

または、

「盆の十五夜にはあの島に近寄るではない。

 柄杓を貸せと言われたら、底を抜いて貸してやることだ。」

という言い伝えがある。