大切れの堤防

 

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工場への引き込み鉄道線路が走っている、王島山西の堤防。

明治17年(1884)の高潮で一番大きく決壊したので、

大切れの堤防と呼ばれるようになった。

その折の被害は、広江の千人塚を訪れてみると良く分かる。

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この堤防の脇に10メートルぐらいの小山がある。

人一人がやっと通れる参道を登ると、荒神様が祭られている。

福田新開が完成した後、この神様が、

高梁川の洪水の祭に川上から流れてきたらしい。

信心あつい住民が山の上に祠を建てた。

昭和31年改築、

平成元年新築とある。

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この荒神様に行く途中、鳥居とこの石仏が出迎えてくれる。

両手を頭の後ろに組んでいる。

これは、何のポーズなのだろうか。