KIYOTO
STATION へようこそ
私京人(きよと)の簡単な自己紹介です。
今後ともよろしくお願い致します。
1973年 6月24日 生まれる(丑年、蟹座) 1978年 父亡くなる 1988年 3月 採尿で蛋白尿陽性、腎臓病の疑いありとの診断 1989年 8月 腎生検(第一回目)、慢性糸球体腎炎(IGA 腎症、メサンギウム増殖性腎症)と判明、現在の主治医と出会う。自宅で毎月のck-nyo開始。 1992年 8月 腎生検(第二回目)、糸球体90% 残存 1994年 4月 主治医にこのままだと後10年で透析導入と告げられる。 1996年 1月25日 プレドニン(副腎皮質ステロイド)服用導入の話。一旦断る。 1996年 4月 1日 現職場に就職 1996年10月23日 腎生検(第3回目)、結果糸球体残存3分の2、間質残存残存60%。プレドニン服用決定。入院延長(プレドニンの副作用で風邪の心配ありとの話だが、それと並行して、実は食事療法を実践のため) 1996年11月1日 プレドニン服用開始(1日30mgから)、その後蛋白尿期待通り減らず。 1996年11月 腎生検の後、腎臓の回りに血の塊が残り、消えない。最悪腎臓摘出の可能性示唆される。安静と点滴と看護士(婦)さんのお陰で血の塊消える。 1996年11月25日 栄養指導(1日蛋白45g、食塩5〜7g、カロリー2100kcal)、退院 1997年 9月 栄養指導(1日蛋白40g 食塩、カロリー変わらず)、低蛋白食品 購入開始 1998年 春 就職後の期間のレセプト開示請求、受理。(第一号) 1998年 7月 隣地の家の建替に関わり、相手の一方的な暴論で土地境界をめぐりもめる。 1998年12月 隣地の土地所有権の範囲をめぐり裁判所から調停の呼び出し来る。調停まとまらず。 1999年 1月 プレドニンの服用終わる。 2000年 1月 境界確定訴訟で訴えられる。 2000年 3月 パソコン導入 2000年 7月 病休で20日休む。(同年9月にも病休で1ヵ月休む) 2001年 1月 1日蛋白尿 3g、Cr 初めて2.0になる。 2001年 2月14日 病休、その後3ヶ月を過ぎ、休職の辞令 2001年 6月10日 カウンセリング開始 2001年 6月16日 ホームページ開設 2001年 6月 蛋白尿が減らないため、コバシル錠服用開始(現在1日半錠) 2001年10月 尿酸値が正常値を超えたため、ダイロリック錠服用開始(現在2001年末には正常値に戻る) 2001年11月 9日 仕事復帰 2001年11月 日商簿記検定3級合格 2002年春 腎臓病の疑いありと判って15年目へ 2002年6月10日 仕事中に「右下腿犬咬創」(痛かった、今は完治) 2002年6月16日 「KIYOTO STATION」開設1年 2002年7月 5日 HPカウンタ10000を超えました(感謝) 2002年7月23日 祖母死去 2002年12月末 HPカウンタ12500超える(感謝) 2003年春 腎臓病疑いありと判って丸15年 2003年4月 私にとって初の人事異動
趣味
ドライブ(遠出はしない、奈良は観光スポットがいっぱいあるから)
読書 (下記参照)
カラオケ(福山雅治「HEART」、スピッツ「スカーレット」が十八番) 歴史に関すること(昔考古学者に成りたかった)
小説を書くこと(今は開店休業中) 将棋(超超弱い) 映画鑑賞(来年3月までには二桁映画館で映画を観ようという勝手な目標あり)
最近読んだ本、または読んでいる本
「不安の力」 五木 寛之 集英社
「闇の左大臣」 黒岩 重吾 集英社