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狂言は 狂言は能と共に六百年間、同一舞台で併演され続けてきた古典演劇です。 奈良時代、唐からきた散楽は曲芸、軽業、手品、傀儡、歌、舞踊等で成り立つ大衆芸能でした。これらは平安時代に申楽(猿楽)となって普及定着し、鎌倉時代には寺院芸能である呪師や延年の舞、農耕神事芸能の田楽などと結びつき、観阿彌・世阿彌親子の創意工夫によって能楽が出来上がりました。 悲劇をあつかい抽象的表現による歌舞劇をつくり出した〃能〃、喜劇を扱い、やや写実的表現の対話劇として成り立った〃狂言〃、両者は併演によって相乗効果を高めながら、今日に至りました。これが〃能楽〃です。 能が信仰・戦争・恋愛・義理人情・善悪正邪、といった人間普変の情念を背景に二百数番の曲目を有するのに対し、狂言は日常様々の事柄に直面した人間の見栄・軽率・無知・知ったかぶり・小心・臆病・強情といった、精神状態の対処のなかに、人間の愚かしさを徹底的にみつめ、〃笑い〃にくるんでたわいなく見せて、これも二百数番の曲目を有しています。 |
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推薦のことば 「能狂言鑑賞のすすめ」 國学院大学元学長 吉川泰雄 能狂言の傑作中の一番ぐらいは、きっと現行の国語教科書に取られていることと思う。日本の貴重な古典の一つであり、少年少女にとっても、興味のある対象となるにちがいない。 元来は演劇なのだから、教科書や読み物で読むだけでは不十分であり、その上演されるものを観る必要がある。ところがそれを観る機会はかならずしも多くなく、東京や京都でさえ手軽にはゆかない。テレビで放映される回数もわりあいに少い。古典藝能たる能狂言の放映がなぜもっと多くなぜもっと多く行われないのか、とつねづね思っている。 明治初期に、大蔵・和泉・鷺という三流の能狂言のそれぞれの保持が危うかったとき、よく東京で大蔵流を保存したのが山本東次郎家であった。先代山本東次郎翁は、藝・学・人格にすぐれた達人であるとともに、この道の保持の功労者であった。わたくしも学生時代、杉並の山本家の舞台をたずねて観覧させていただいたり、東次郎翁の執筆された研究記事を追いかけて読んだものだった。まことに惜しまれた先代東次郎翁の逝去ののち、遺子の方々ーはからずも國學院で学問を修められたーは家藝を継いで御精進になり、御長子が名跡を継がれてもう何年になるだろうか。その当主東次郎氏の声価もすでに高い。 当主東次郎氏は、能狂言普及の志を懐かれお忙しい中を年少の人々のため、学校などを利用して実演活動をされている。有益・貴重な御努力で敬服のほかはない。各方面でもこのお志に応じて下さることを願ってやまない。 |
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狂言鑑賞へのお誘いと大蔵流山本会 伝統ある日本の古典劇「狂言」をごらんになりませんか。狂言は曲目さえ選べば、小学生にも楽しく理解出来るし、人生経験の豊富なお年よりや、学識経験者をも感動させる、広い間口と深い奥行きをもった素晴らしい演劇です。 強い刺激になれてしまった現代の我々の目には刺激をさけつづけてきた狂言の表現方法はかえって新鮮に映るものですし、背景を使わず、大、小道具を用いない舞台処理は観客に想像の楽しみを与え、かつ前衛芸術にもつながる思いきったものなのです。訓練された「動き」や「型」・「発生」・「科白のいいまわし」といった生の「技」に接することは映像文化最盛の今日、貴重なことだと思われます。 「狂言」を通して、人間の愚かしさ、欲望の悲しさを〃笑い〃の中に描こうとした古い日本人の心を見直し、考え直していただくためにもお薦めします。 山本会 ◆山本東次郎(とうじろう) 能楽師・狂言方大蔵流・山本東次郎四世。三世山本東次郎氏の長男。山本会を主宰。平成4年度芸術選奨文部大臣賞受賞。平成10年紫綬褒章受章。重要無形文化財総合指定。著書に『狂言のすすめ』(玉川大学出版部)。東京都杉並区在住。昭和11年生れ。 ◆山本則直(のりただ) 三世東次郎の次男。昭和51年度芸術選奨新人賞受賞。重要無形文化財総合指定。埼玉県狭山市在住。昭和14年生れ。 ◆山本則俊(のりとし) 三世東次郎の三男。平成2年芸術選奨新人賞受賞。重要無形文化財総合指定。東京都町田市在住。昭和17年生れ。 ◆山本泰太郎(やすたろう)・昭和46年生れ。山本則直の長男。 ◆山本則孝(のりたか)・昭和48年生れ。山本則直の次男。 ◆山本則重(のりしげ)・昭和52生れ。山本則俊の長男。 ◆山本則秀(のりひで)・昭和54年生れ。山本則俊の次男。 ◆山本凛太郎(りんたろう)・平成6年生れ。山本泰太郎の長男。 (大蔵流山本家のご案内から引用しています。) |
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2001年03月30日 |
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2001年5月17日(木)に第7回「狂言を観る会」を開催 5月17日に開催する第7回狂言を観る会の演目と出演者を紹介します。 狂言 岡太夫(おかだゆう) 婿にきた男に舅が蕨餅をだし、「これは岡太夫とも呼ばれ朗詠の詩にも詠まれている」と教えます。男は妻にも作らせようとするが、名を忘れたので詩を次々と朗詠させて思い出そうとします。 出演 シテ(聟)山本泰太郎 アド(舅)山本東次郎 アド(太郎冠者)遠藤博義 アド(妻)山本則孝 小舞 泰山府君(たいざんぶくん) 山本凛太郎 七ツになる子 山本東次郎 狂言 抜殻(ぬけがら) 振舞酒を飲みすぎた太郎冠者は使いの途中で眠りこんでしまいます。様子を見にきた主人は懲らしめのために、冠者に鬼の面をかぶせて帰ります。知らずに目を覚ました太郎冠者は、清水に映る鬼の姿に驚きます。 出演 シテ(太郎冠者)山本則俊 アド(主人)山本則重 狂言 靭猿(うつぼざる) 太郎冠者をともなって狩に出た大名が猿曳きに会います。大名は猿の皮を靭(矢を入れる筒)にかけたいので、猿を譲れといい、猿曳きが断ると弓矢で脅かすのでやむなく承知してしまいます。 出演 シテ(大名)山本東次郎 アド(猿曳き)山本東次郎 アド(猿)山本凛太郎 会場/高崎シティギャラリー・コアホール 開演/午後6時30分 大蔵流山本家の三兄弟とその息子さんたち、お弟子さんの出演です。靭猿の子猿は次男則直氏のお孫さんの凛太郎君です。 |
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2001年03月12日 |
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5月の会 5月の「狂言を観る会」は17日(木)に開催します。会場は高崎シティギャラリー・コアホールです。演目は狂言「岡太夫(おかだゆう)」・「抜殻(ぬけがら)」「靱猿(うつぼざる)」小舞「泰山附君(たいざんぶくん)」「七ツになる子」です。演目の解説は後ほど。 |
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2001年03月06日 |
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間狂言(あいきょうげん) 以前紹介した県民会館の能楽鑑賞会に行ってきました。3月4日(日)のことです。宝生流宗家の英照氏ほか一門と狂言は大蔵流山本家一門の出演でした。能は「葛城」、舞囃子「清経」仕舞「岩舟」「羽衣」「鞍馬天狗」、狂言は「佐渡狐」です。佐渡狐のシテは山本東次郎氏です。「葛城」の間狂言で、大蔵流山本家三男の則俊氏が出演しました。間狂言とは能のなかで狂言方が演じる部分、またその役柄のことです。中入りという能の中間部分でドラマの詳細を語る役です。ともすれば単調になりがちな能に厚みを加える大事な役割といえるでしょう。これからは5月の公演と山本家の皆様の紹介をさせていただきます。 |
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2001年03月02日 |
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シェイクスピアから シェイクスピアの『お気に召すまま』のなかの名セリフです。「この世界はすべてこれ一つの舞台、人間は男女を問わずすべてこれ役者にすぎぬ。」 狂言は狂言師という役者が演じていますが、そこにいるのは生きた人間、男女です。 シェイクスピアについては、小田島雄志著 「シェイクスピア名言集」からの引用です。 おやすみなさい。 |
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2001年03月01日 |
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狂言と能 狂言と能を総称して「能楽」といいますが、なかなか知られていません。「狂言だけで能はないの」と云う方もいらっしゃいます。また、おしゃべりをしていると「こんどの能はいつなの」とか「能の会のチケットはまだありますか」といわれます。「狂言のことですね」と訂正をすることもありますが、そのままのこともあります。能や狂言を観ている方でも混同しているのですから、ご存知ない方は全然わからないと思います。平安中期に成立した猿楽が能と狂言のもとになっています。狂言の演目には能のパロディ−になっているものも多く、能と狂言は深く係わりあっている演劇です。日本各地だけでなく、外国でもおこなわれている能楽鑑賞会や薪能では必ず狂言も上演されます。どうぞおでかけください。 |
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2001年02月28日 |
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太郎冠者の続きを これまでに紹介した狂言十番のなかの五番に太郎冠者が登場しました。 「附子」「鐘の音「しびり」「寝音曲」ではシテ(主役)として、「末広」ではアド(脇役)で登場しました。「附子」には次郎冠者も登場しています、二人冠者物といいます。 欠点だらけ、だからこそ愛すべき、それでいて強かに世の中を渡っていくような人物が浮かび上がってきます。うらやましい限りです。 これからも様々な太郎冠者が登場します、お楽しみに。 |
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2001年02月27日 |
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太郎冠者 狂言によく登場する太郎冠者、冠者とは本来は成人した男子のことをいいますが、狂言では従者のことです。主人と太郎冠者は狂言の代表的な人物です。次郎冠者も登場します。従者A、従者Bそんな意味合いだと思います。 |
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2001年02月24日 |
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一口メモ 扇 狂言の小道具の1つに扇があります。お酒を飲んだり、注いだり、包丁や筆にもなります。 すうっと広げて距離感を表したりもします。扇の中に宇宙が拡がる、そんな感じです。 |
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2001年02月22日 |
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宗論 「布施無経」に登場する出家は宗派がはっきりしていませんでしたが、この宗論には犬猿の仲の法華僧と浄土僧が登場します。 旅先で道連れになった法華僧と浄土僧は宗論(教義を論じること)で争いますが、互いに譲らず、勝負がつかないまま二人とも寝てしまいます。 激しく教義を論じ合う場面では狂言の語りを堪能させます。狂言には仏教風刺の作品が数あります。語りや謡、舞はもちろんですが、宗教の本質にせまる風刺が表現されています。 出家狂言の中で旅僧物といわれる演目です。僧侶は角頭巾をかぶって登場しますが、種類やかぶり方は役柄によって違うということです。 これで第3回公演の演目のお話しは終わります。 |
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2001年02月20日 |
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寝音曲 寝音曲にも主人と太郎冠者が登場します。シテ(主役)は太郎冠者です。主人は太郎冠者に謡を謡わせようとしますが、太郎冠者は酒を飲まなければ謡わないとか妻の膝枕でなければ謡えないなどと勿体をつけます。 謡とは中世の流行歌謡のことです。 主人は酒を飲ませ、膝枕をして太郎冠者に謡わせようとしますが・・・ これも後は観てのお楽しみです。 以前に紹介した「悪太郎」もお酒が重要なファクターになっています。この二つの狂言から祭りごとでなく日常生活の中の飲酒が窺えます。 中世も今の世もお酒に歌はつきもの、生活に欠かせないものなんでしょうね。 それではナイトキャップをいただいて、おやすみさい。 |
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2001年02月19日 |
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しびり しびりは漢字では「痿痺」と書きます。足がなえるとか立てないという意味です。主人から買い物を言いつけられた太郎冠者は親譲りの「しびり」の病があっていけないと仮病を使います。 主人は和泉の堺へ行き、ご馳走用の肴(雁や雉など鳥類の肉)を買ってくるようにいいます。 大阪府の堺市のことなのでしょうか、また当時の鶏肉料理とはどんなものだったのかしらと気になるところです。 この曲の見所は主人に仮病を見抜かれた太郎冠者の奮闘振りですが、狂言の中にでてくる食べ物に注目するのも面白いです。 |
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2001年02月18日 |
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佐渡狐 平成11年5月15日(土)に第3回公演を行いました。演目は「佐渡狐(さどぎつね)」「しびり」「寝音曲(ねおんぎょく)」「宗論(しゅうろん)」でした。 「佐渡狐」には都に年貢を納めにいく越後の百姓と佐渡の百姓と年貢役人が登場します。2人の百姓は佐渡に狐がいるかいないかで刀を賭けます。実は佐渡には狐がいないので狐を知らない佐渡の百姓は都の役人に賄賂を使い、狐の姿を教えてもらいます。所謂「袖の下」です。 その顛末は観てのお楽しみです。 この「佐渡狐」ですが、3月4日(日)に前橋市の群馬県民会館で開催する能楽鑑賞会で大蔵流山本家の一門により上演されます。ぜひこの機会にご覧ください。 あとの演目については後ほど。 |
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2001年02月16日 |
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小舞(こまい) ほんの少し、狂言のことを書きます。今年の5月17日(木)の公演では狂言三番と小舞を観ていただきます。小舞とは狂言の中で舞われる短い舞のことで、酒宴の場で余興に演じられるものです。この全曲公演では初めてです、山本東次郎氏と山本家の最若手、山本凛太郎君、七歳の出演です。 今年の公演の解説は居住まいを正してから紹介させていただきます。 |
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2001年02月10日 |
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鐘の音と悪太郎 第2回の演目、「鐘の音」にも太郎冠者が登場します。主人から鎌倉にいって「鐘の値」を聞いてこいといわれた太郎冠者は鎌倉と聞いて寺の「鐘の音」と勘違いをします。 不思議に思いながらも主人のためにほうぼうの寺の「つき鐘の音」を聴いて回ります。 冠者は家に帰って、いろいろな寺の「鐘の音」(寿福寺、極楽寺、建長寺、五大堂)を擬音で説明しますが、主人は怒って追い出してしまいます。 鎌倉にいったら、建長寺の鐘を聴いてみたいものです。 「悪太郎」の悪とは乱暴者の意味です。お酒をたくさん飲んでは乱暴を働く悪太郎ですが、ある日伯父さんの家で大酒を飲み、帰るところ道端で寝込んでしまいます。 怒った伯父さんは戒めのために悪太郎にあることをします。あとは観てのお楽しみです。 いつの世にも憎めない大酒飲みは同じようです。身の覚えのある人もいらっしゃることでしょう。 今日はこれで、おやすみなさい。 |
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2001年02月09日 |
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椅子が素敵です 昨日の続きです。高崎シティギャラリーはJR高崎駅西口から歩いて10分以内です、駅前とはいえませんが、近いです。市役所からは渡り廊下でつながっています。駐車場も市役所の地下にあります。その中にあるホールがコアホールです。 舞台は半円形で、洒落た形です。ここで、図面でも挿入すれば良いのですが、まだ未熟で出来ません。だんだんに学習しますので、もう少しお待ちください。 円形の舞台での苦労を大蔵流の方にお聞きしたこところ、自信に満ちた答えが返ってきました。プロフェッショナルのすごさを感じる瞬間です。 このホールの特長は椅子だと思います。普通の体格の方なら、ゆったりと快適に座れます。背もたれも丁度いい高さです。デザインもシックです。ホールの良さというと、音響とか照明、舞台装置などが注目されますが、座席もとても重要だと思うのです。たまにはコアホールの座席でゆっくり狂言を楽しみたいものです。 ではまた。 |
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2001年02月08日 |
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末広のこと 「末広」のことを書きます。上演回数が多い曲なので、ご存知の方も多いでしょう。太郎冠者が都に「末広」を買いに行くことになりますが、実は「末広」が何なのか知りません、知ったかぶりをした太郎冠者はなにを買ってきてしまうのでしょうか。その名のとおり、大笑いではなく、何となく舞台をおめでたい雰囲気にさせる曲です。さて「末広」とは何のことでしょう。 話しは変わりますが、この会の会場は第1回から高崎市のシティギャラリーのコアホールを使わせていただいています。円形の素敵な舞台です。明日はこのホールの紹介をいたします。では今日はおやすみなさい。 |
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2001年02月07日 |
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第2回の狂言は 2回目は1998年10月7日(水)に開催しました。演目は「末広(すえひろがり)」「鐘の音(かねのね)」「悪太郎(あくたろう)」です。 この会での私の役割のひとつに宣伝用のチラシの作成があります。山本家の方にお願いして、筋書きを送ってもらったり、狂言の筋書きの本を参考にして作ります。そのたびに「シェークスピアみたい」と思ってしまいます。狂言もシェークスピアもろくに知らないのに何ごとだと云われることでしょうが・・・。 登場人物が人間らしい欠点をもった市井の人々であったり、言葉のリズムや言葉の遊び(韻を踏んでいるようなセリフなど)、色々な共通点があるような気がします。普遍的であることはもちろんです。やはり古典の魅力でしょうか。 演目のお話しはまた明日。 |
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2001年02月06日 |
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布施無経と首引 難しい話しのように思われるかもしれませんが、一度狂言をご覧いただければすぐわかります。百文は一見に如かずです。さて「布施無経 」には僧侶が登場します。この狂言は聖職といわれる僧侶の建前と本音を描いています。狂言の名作のひとつです。「首引」には親鬼と姫鬼が登場します。出演者が多く、衣装が華やかで楽しい舞台です。狂言の装束については、また後ほど。「布施無経」の僧侶役は四世山本東次郎氏で、山本会を主宰しています。大蔵流は京都に茂山家があります。西の柔に対する東の剛といわれ、同じ大蔵流にありながら芸風が異なります。大蔵流山本家の凛としたストイックな狂言をどうしたら、お伝えできるでしょうか。では今日はこの辺で、おやすみなさい。 |
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2001年02月05日 |
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やるまいぞ、やるまいぞ 今年の高崎の「狂言を観る会」は5月と10月に開催しますが、そのご案内はまたあとにして、今日からしばらくは過去3年間、6回の公演のことを書きます。第1回は1998年(平成10年)5月22日(金)に実施しました。演目は「附子ぶす」「布施無経(ふせないきょう)」「首引(くびひき)」、出演はもちろん大蔵流山本家一門の皆様です。私は高校時代に課外授業、狂言教室で「附子」を観たのが最初です。このような形で狂言と出会う方が多いのではないでしょうか。狂言の入口のような演目だと思います。主人と2人の家来、太郎冠者、次郎冠者がいます、主人は「これは毒だから」と注意して出かけます。留守を預かる2人は気になりふたを開けてみるとお砂糖なので、食べてしまいます。さて2人は主人にどう言い訳するのでしょうか。この後は観てのお楽しみという訳です。 |