恋愛について
私は恋愛について明確なビジョンを持っていなくって、まだ少女マンガの域から出ていないような気がする。
私が、異性に興味を持ち始めたのは他の子よりもだいぶ遅く、中学校に入るちょっと前の小学校の6年生だったと思う。
だいたい普通の子は小学校の3年生ぐらいから、「○○くんが好き」とかいうことを言い始めたりするんだけれど、私には全然そうゆう感情がわいてこなくって、適当に話を合わせる為に「私は××くん」が好きとか言っていたような気がする。
私が一番初めに人を好きになったのは男の子ではなくって、お姉さんでした。
私が小学校2年生の時に「縦割り」(一緒に遊んだり、掃除をしたりとかする学年を超えた生活活動グループ?)で一緒の班になったお姉さんです。
その人はとっても優しくって、きれいだったので、私はすごく好きでした。
いっつも一緒に遊んでくれるのを楽しみにしていました。
その後、好きになったのは友達の女の子でした。
その子は、とっても優しくって、なんでも我儘を聞いてくれたので好きでした。
いっつも私をおんぶしてくれました。
小学校の卒業文集にも「その子みたいな優しい人と結婚したい」と書いてあった程です。
大学の授業で習ったんですけれど、人はみな初めは異性ではなくって、同性を好きになるそうです。
母親を別として(私にとっては母親も同性になるけれど、違う人も多いと思うので)。
まず一番最初に母親を好きになり、その後母子分離する。
それが生後3歳ぐらい?にあって、その後、友達集団っていうような社会的な集団の中に入っていくんだけれど、初めのうちは男の子でも女の子でもわけてだてなく仲良く集団を作っていくんだけれど、ある時期から、自分と同質のものだけの集団を作るようになるの。
男の子は男の子、女の子は女の子みたいな感じの。
その時に友達に対して感じる感情が一番初めの好きっていう感情になるのかな?
「友達=好き」みたいな感情。
その段階を過ぎると異性を好きになっていくんだけれど、その発達段階の課題を上手く乗り越えられないと異性を好きになることが出来ないらしい。
私はあんまりその授業をその時は興味がなかったので真剣に聞いていなかったので、話の内容もあいまいで本当は年齢とかもきちんといっていただろうし、肛門期とか口唇期みたいなエリクソンの発達段階の用語みたいので説明していたと思うんですけれど、どうだったかとかもあんまり覚えていないのでたいだいそんな感じだっていう事なんですけれどね。
今はもっとちゃんと聞いておけば良かったなあって後悔しているんですけれど。
授業に限らず、後から大切だって思うことが人生においてはとっても多いんですよね。
その時はあんまりそんな風には思わないんですけれど、後から考えると「なんであの時、こうしなかったんだろう」っていうような事。
話を戻して、私はその発達段階における課題をなかなか乗り越える事が出来なかったのか、なかなか異性を好きになる事が出来ませんでした。
あんまり恋愛みたいな事に対して、興味がなかったのかもしれないです。
小学校3年生ぐらいになってくると、みんな少女マンガを買い始めるんですけれど、(だいたい女の子は「りぼん」か「なかよし」を初めに買うんです。ちなみに私は初め「りぼん」派で後から「なかよし」派になりました。だけどだいたいの子は「なかよし」〜「りぼん」っていうほうが多いらしいです。)、私も友達が「りぼん」を買い始めた時に一緒に見せてもらっていたんですけれど、私にはまだ早すぎたのか全然意味がわかんなくって、読めたのは「ちびまるこちゃん」と後ろの読者投稿のコーナーぐらいでした。
大体少女マンガっていうのは恋愛の話が多くって、3/4ぐらいがきっとそうゆう関係の話だったんじゃないかって思います。
だから私にはあんまり理解出来なくって、つまらなかったです。
その時、やっていたのが矢沢愛先生の「マリンブルーの風にふかれて」とか水沢めぐみ先生の「空色のメロディ」とかだったんですけれど、「空色のメロディ」は終わりから2話ぐらいのところでやっとどんな話なのかを理解出来て、「マリンブルーの風にふかれて」はとうとうどんな話だったのか理解出来ずに終わってしまいました。
「マリンブルーの風にふかれて」が終わったのがたぶん私が4年生の終わりがけだったと思うので、かなり長い間私は一応読んでいたのにかかわらず話が理解出来ずにいました。
友達の子とかはそれがすごく好きな子がいてすごく大人だなあって思いました。
その頃私は絵が綺麗だなあとかその程度しか理解出来ていなかったから。
そうやって書くときっと、すごくあほだったんだなあって思うかもしれないんですけれど、たぶんちょっとあほだったことは認めるんですけれど、一応成績は普通ぐらいだったから絶望的にあほだった訳ではないので、たぶん私にはそれに共感すつことが出来なかったんじゃないかって思います。
それで、私が「りぼん」面白いって感じるようになったのは小学校の5年生ぐらいだったんじゃないかって思いました
。
それまでは友達の家にいってたまに、その子がマンガを読みたいので一緒に読むとか、とっても感動した場面があったので、私にも読ませたいっていうような時にしか、読まなかったんですけれど、その頃になるとちゃんと自分で毎月買うようになっていました。
だけど、まだ付録がついているのが楽しみっていうような感じだったんですけれどね。
たぶん少女マンガが面白いって思うようになった時期と私が人(異性)を好きになりたいって思うようになった時は同じぐらいだったと思います。
少女マンガに出てくる、恋愛の話がわかるようになって初めて誰かを愛する事はいいことだって思うようになったし、反対に、誰かを愛することはいい事だってわかり始めたから、少女マンガに感動するようになったんじゃないかって思います。
だんだん他の子にかなり遅れながら、私は人を好きになって行くことを覚えていったんですけれど、私が異性を好きになるのが遅れた原因として私の周りにはあまり魅力的な異性がいなかったからじゃないかって思いました。
私の周りの男の子は、どっちかっていうと乱暴ですぐに暴力をふるってきたりする優しくない子が多かったからです。
だから好きになるっていうことが出来なかったんじゃなかったかって思いました。
今、考えても彼らは好きにはなれないって思うから。
たぶん、小学校時代にもっとかっこよくって、優しい子がいたらきっと違う結果になっていたんじゃないかなあって思いました。
なんでも刺激によって反応は促進されるものだから・・・
話を戻して、私が一番初めに異性を好きになったのは6年生の頃でした。
どこから転校してきたのかは忘れてしまったんですけれど、6年生の終わりがけに転校してきた男の子で、その子は今まで私の周りにいた男の子と違ってすごく優しかったです。
女の子が通る時にドアを開けてあげたりとか、転んだ時とかに女の子でも「大丈夫?」って言える子でした。
今考えると当り前のような気もするけれど、当時としては活気的だったのでびっくりしました。
私はあんまり男の子に優しくされたことがなかったので、すぐに好きになりました。
女の子っていうのは結構単純だから優しくされるのにはすごく弱いんじゃないかって思いました。
特に私は今でも優しくされると弱いです。
私は結局の所、好きだからっていって別に付き合いたいとかそうゆう事を思っていたわけではなかったので、私の心の中で「好きな人」にしただけだったんですけれど、その人は家も近かったし、中学、高校と偶然に同じところに行くことになったんですけれど、その間その人には失望させられる事がなかったです。
私は一番最初にすごくいい人を好きになったって今でも思っています。
その間にもっと好きだって思う人が私に現れたり、その人に彼女が出来たりして私はその人をずっと愛し続けていたわけではなかったんですけれど、きっとそれは愛しているって言う感情でまだなかったからだと思いました。
その次に好きになった人は、とっても色が白くって、とても綺麗な肌をした人でした。
私の気分によってまた非定期に更新していきたいと思っています。