会員の声から・・・

私の娘のこと   S会員

約30年前の或る日の事、就職先の京都で元気に働いているとばかり

思っていました最愛の娘が何の前ぶれも無く帰ってまいりました。

顔色も悪く様子が変です。私たち夫婦はどうしたのかと、

                 びっくり致しました。何も詳しい事は申しません。

    今思い出しても胸が痛くなります。難病中の難病と病名を知ったときの悲しさ。

    カラスの鳴かない日はあっても涙の出ない日はありませんでした。

                 何よりも当人が一番不憫でなりません。

現在は良いお薬も出来て大分良くなって在宅療養を続けています。

しかし、なかなか難しいものです。

それでも今私が最も有難く思っておりますのは家族会に

入らせて頂き皆様のお話を聞かせて頂いて勉強させて頂いて、

広い心で共に生きる喜びを頂いた事でした。

保健所の先生方、松のみどり会の皆様方本当に有難うございます。

今後とも松のみどり会が一層発展して行きます様お祈り申し上げます。

 

私の想い                       A会員
  
 
 三十年以上も入退院を繰り返す 

子を持つ親として「せめて この子が退院して落ち着くまでは死んでも死にきれん。」

こうした想いが何時も頭にありました。

 自分が今八十才にも なる年齢を考える時、子のことでなく自身のことを

考えなければならぬ事に気がつきました。

子を想って心配も大事なことですが、今自分が世話になる時期にあることを考え 

今更のようにびっくりしております。何十年我が子に対する想いは心配ばかりで

思いやりの心で見てやれなかったことをすまなく反省しております。

 どうしたら良くなるのか、あせりばかりでした。せめて病院から頂く薬を信じて怠らず、

飲めば良くなる。おさまると 思っていました。良い薬が次々出ることでしようが、

それのみに期待することは無理だということもわかりました。親の愛情、周囲の理解と暖かさ。

         こうした一番難しい接する心の大切さを今になってわかりかけてきました。

  そうは思うものの、現実、いらいらした態度やふさぎこんだ様子を見ていますと

  慰める適当な言葉が見つからずどうしてやったらと思うばかりです。

  そうして結局は又病院に送りこむ。こうしたことで私の心は一応安心しますが

          又何時までこんな事の繰り返しかと不安にもなります。親のなし得ぬ事を人様に

求めることのずるさを考えながらも病める子に とって一番大事なことは、

良き指導者を得るこ ともさることながら 良い友達ができることで なかろうか。

 苦しみを話しわかってもらえる真の友達ができ たら道が開けるのではなかろうか。

信頼し話し 合える友を見つけるということは至難のことでし ようが、

今の私には このことが一番望まれて なりません。

良き友を与えて下さいと神に祈るこの頃です。 

 私自身、人様に世話になる年齢を迎えての心 境でございます。