ネットの海を泳いでみれば
※インターネットはよく「情報の海」に例えられます。気持ちのイイ海岸もあるし、
荒波の襲う波間もあるでしょう。そんな海の中を泳いでいて感じたこと。綴ってます。

デジタルとアナログ
 大体、デジタルなものっていうのはアナログ的なものを目指しますね。
 インターネットもそうじゃないかな。
 アイボなんてペットロボットもそうじゃないかな。
 で、逆にアナログなものってのはデジタル的なものを目指しますね。

情報コントロール力
 ネットのような情報の世界。
 つまり、誰でも情報をアウトプットできて、かつインプットできる世界。
 そんな世界では「いかに情報を発信しないか」「いかに情報を得るか」。
 そういう能力が大事になってくると思います。
 そして、そのコントロールをするのは「自分」です。
 ある程度、「自分」をコントロール出来る能力が必要だと思います。
 コントロールとは「ブレーキ」とも言えるかもしれません。
 自分にブレーキを掛ける能力、とでもいいましょうか。
 それは多分、
 ブレーキのない車。アクセルだけの車。
 それが、いつか必ず、事故を起してしまう事と似ているような気がします。
 もしくはガス欠になるか…


アメリカとハンバーガーとインターネット
 何かと賛否両論ある国、アメリカ。
 で、その国がハンバーガーとインターネットを生み出したという事。
 ハンバーガーを食べる国民の比率とネット使用率って結構、似ているのではないだろうか。
 で、それら二つの共通点は何か。
 それは「どこでも、誰でも」。
 そんな言葉で裏付けされるかもしれない。
 じゃ、なぜ、そのような言葉が必要になってくるか。
 それは、あの国に住む人々が、それだけ「共通項」というものを持たないからではないでしょうか。
 それほどに、あの国ではアイデンティティーや文化の衝突が多いのでしょう。
 そして、そんな衝突の結果の「火花」として生まれ出たのが、ハンバーガーやインターネットのような気がします。
 また、上記の事から推察されるのは、インターネットという海の中でもっとも奔放に泳ぎ回れる魚とは、「アイデンティティー(=個性、オリジナリティーとか)」や「文化」的なものだという事になると思います。(ムムム、我ながら鋭い考察)



オープンリソース
 たしか、『「仕組み」を公開する』とか、そんな意味だったような気がします。
 まごころラジオもオープンリソースというか、作り方をある程度、公開しています。
 でも、公開していない所もあります。
 別に隠したいことがあるとか、そういう事ではありません。
 書いても、誰もマネできないだろう、と思うのです。
 だから、その部分については書いていません。 

ネットの日記とカラオケと
 たまたま知人のHPを発見しました。
 そして、そこには日記がアップされていました。
 マイナーなネタのHPでした。
 その知人とは、それほど親しい間柄でもありません。
 そして、その知人は僕が彼のHPを発見した事をしりません。
 少しだけ目を通しましたが、なんだか、そのうち盗み見をしているようで、ブラウザを閉じました。
 こういう事ってのは、なんなのでしょう。
 堂々と読んでいいものなのでしょうか。
 それとも、「HP見たよ」なんて言うのがいいのでしょうか。
 迷います。
 で、そんな事を書いている、この HPそのものも、そういった対象になるわけですが…

 あ、そうだ。
 で、カラオケについても書こうと思っていたのです。
 でも、一行で終わります。
 ネット上の日記とかHPとカラオケってどことなく、底に流れているものが似ているなぁぁ、と。


この頃、インターネットに流行るもの
 カウンター。掲示板。リンク。チャット。メールマガジン。

 リンク。英語ではリンケージ。確か「つながる」という意味だったと思う。
 この単語はインターネットを象徴しているようだ。
 みな、「つながりたいのだ」と。

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ネットバブル
 2000年の現在、日本は凄く「IT」「インターネット」と騒いでます。
 で、PCもばんばん売れているようです。
 さぁ、このブーム、いつまで続くかな?
(エリマキトカゲのような一過性のものだったら恐いな…。キックボードっていうのも段々、見かけなくなったし…)

まごころラジオの舞台裏
 まごころラジオの編集では、録音したテープをぜーんぶ、紙に書き写します。
 (「です」「ます」など、一言一句とまではいかないけど、「二言一句?」か「一.五言一句?」くらいには正確に書き取ります。
 腕が腱鞘炎になりそうになります。
 そして活字になったものから、大切な部分を中心に編集させていただきます。
 なので、アップしているインタビューは、それら「努力」の氷山の一角なのです。

 以前、サッカーの中田(英)選手が「90分のゲームの中でボールに触れる時間は、まとめると1分とか2分くらい」と言ってました。
 で、そのわずか1、2分のために、残りの88分、89分は必要なわけです。
 劇的な一瞬のために、膨大なそれ以外の時間が必要なわけです。
 練習もしかり。
 本番の1、2分のために、シビアな練習をこなす。
 いや、少ないチャンスを確実にものにするからこそ、他の時間が必要になる。

 それを考えると、まごころラジオの編集もさほど苦にはなりません。
 腕がつりそうにはなりますけど…
 (あと、何度もインタビューを聞きかえす事で、いろんな事を考えさせられるんですよねー)
徒然
 どうでもいいんですが、ネット上に「徒然」とか「つれづれ」という名を付けたエッセイとか日記って多いような気がしませんか
 (何を隠そう、僕も、以前は「徒然」という名のもとに駄文を他のサイトで書いたりもしていました


ゴミ
 ここには、なるべく前向きになれるような文章を書いています。
 たまに、愚痴を書いたり、「心のゴミ」を捨てたくなる時もありますけど、そういう事は意識的にしていません。
 そりゃ、僕だって聖人君主じゃないから、心のゴミがたまる時があります。
 そして、それを思わず、どこかで吐き出したくなる時もあります。
 でも、これって、道ばたにゴミを平気で捨てるのと同じ事のような気がします。
 汚しているのは、道だけじゃなくて、自分の心を汚しているような気がします。
 そしてゴミを所かまわず、捨てること。
 これは(ネット上でも現実世界でも)ひどく簡単なこと。
 ゴミをちゃんと持ち帰って、ちゃんと処分すること。
 こっちは面倒臭い。

 でも、やっぱり、ちゃんとした所に処分する方が気持ちいい。
 自分の気持ちが悪くならない。

 だから、ここでも、僕はなるべく、心のゴミじゃなくて、出来るなら心の栄養になるような、そんな事を書いていきたいと思ってます。 
 自分の気持ちを、よくしたいから。


情報化時代
 世は情報化時代だそうだ。
 じゃ、情報化時代に生き残る情報とは、何なのか。
 そんなの簡単。
 情報を超えた情報。
 情報という枠組みに納まらない情報。
 そんなものだろう。
 例えば、広大な自然の風景。
 例えば、一人の人間の涙。
 それらは、決して「情報」という枠組みでは実体をつかめない。

 結局、情報化時代だろうが、なかろうが、いつの時代も残るのは「本物」だけ。
ヒューマニズム
 デジタルは人間らしさがない。
 機械的だ。
 なんて時に言われる。
 でも、デジタルも機械も、獣にはつくれない。
 人間にしか作れない。
 だから、考えようによってはデジタルこそ、人間らしいものなんだ。