仏大学訪問記

Ecole des Mines de Nantes (国立ナント高等工業大学) に1998年の5月に1ヶ月滞在した。
(客員の先生として)
大学の中は英語が通じるので、仏語はうまくならない(なるはずがない)。

ここは緯度が高いため、夜の10時を過ぎないと日が落ちない。4月30日についた時は、皆さん コートを着ていたが、これは異常気象らしい。やっと、いい天気になってきた。

1. ナントの下町風景


ナントの中心街にはお城がある。 これは、15世紀にナントの勅令を発したアンリ4世のお城である。

世界史に詳しくない人のためには、サッカーのワールドカップで日本の2回戦目のクロアチア 相手の会場と言えばよく判るかもしれない。ちなみにこれが会場の風景である。 なお、会場にはバリケードがあり近づけない。あまり、町自体ワールドカップの熱気は ないようである。ただ、学生に聞いたら、チケットはもう買えないとのことである。

たまたま、歩いていたら、ワールドカップ用の壁画を書いていたので思わず撮影。

土曜、下町の広場で屋外の席に座りカフェを飲んでいる所。 来たころは寒いぐらいだったが、今は暖かく、気持ちがいい。 ずーと、ひなたぼっこしていたくなるような陽気である。 周りを見ると、皆さんぼけーと、人が歩いているのを眺めている。

2. 大学の風景


ナントの下町から、車だと30分ぐらいのド田舎に立っている。もともとは下町にあったらしいが、 5年ぐらい前に、移転してきたとのことである。まわりはいくつかの会社がある新工業団地? といっても、あまり移転してきていない感じで、まわりは草地だらけ。 生協も、売店も無い。食堂は平日やっているが、土日祭日は閉まるため、事前に食料を買っておかないと、 食べるものが無い。バスも日祭日だと1時間に1本程度のため、休みは完全に監禁されてしまう。 がんばって、下町までいっても、ほとんどが閉店!! さすが、「働かない」国の代表! 日曜はどこにも行けないので、「しょうがないので仕事している」。
左側の建物の真中あたりに見える四角い囲いが正面玄関。

別の角度からの撮影。このように、周りは草地。

歩いて5分ぐらいの所にロワール川の支流のエルデ川が流れている。 たまに、夜の7時ぐらいに引き上げて、川岸で対岸をボケーと眺めるのが好きだ。 川の流れも緩やかで、時間の流れも日本と違うのではないかと思ってしまうぐらい。

ちかくの公園に古城がある。

3. 大学での生活


ガラス張りの正面玄関から入り、右に曲がってちょっと歩いた所から、振りかえって撮影したもの。前方左手が正面玄関。

小生の身元引受人のHostの先生の部屋。本来、小生にも一部屋もらえるのだが、短期に一緒に仕事する上では、 同じ部屋にいたほうが効率がいいので、机などを共用している。 唯一、彼がヘビースモーカーなので、たばこ臭くてつらい。彼もそれを気にしてくれているので、 あまり文句も言えないし・・・。

彼のすぐ隣にテーブルを持ってきて、小生のPCなどを置いて使っている。実はここからメールを打っている。

彼と二人で議論している所?白板に二人で向かい合いながら、議論して話をまとめている。 二人の口癖は、「走りながら考え、考えながら走る。」。

シリコングラフィックス(SGI)の計算機を使って実験している様子。SGIはよく愛用したので、SUNよりは使いやすい・・。彼は隣でパソコンを用いて実験している。 一週間で、1000ステップを越えるロジックを「走りながら考え、考えながら走り」作って検証した。
この部屋は、奥にロボットハンドが見えるように、制御関係の研究室でおもに産業用ロボットの研究をしているらしい。 一度、仏語による見学ツアーにくっついて見学したが、研究要素がどこにあるのかはまったく判らない。 動きを見ていると、日本で実用化されている域(自動車工場など)を越えてないように思える。 まだ、これからともいっていたから、ベーシックな状態なのでしょう・・。

4. 泊まっている教官用の部屋

2DKで一部屋が6畳から8畳ぐらいの大きさである。短期のステイができ、 テレビもついている。(英語はCNNとBBCのみ。後は仏語放送) 教官用の部屋に替われたのは、ここの副学長の鶴の一声。宿泊費も値切ってくれた。 (ちなみに小生はここに客員教授の身分で招聘されていますので当然の権利です!)


ソファーとテレビと机があり、帰ってから大体、ダイナブックを使いながら、ソファーに座り、CNNを聞いている。

ダブルベット。若干、スプリングは軟らかいので、はじめの一週間は結構腰に来た。 最近だいぶ慣れてきて、腰が痛くなるようなことも無い。

キッチン。身元引受人の先生から、調理道具とお皿を借りたが、すべて、研究室の片隅にあったものを貸してくれたので、 気持ち悪くて使っていない。たまたま、コップとティーカップは、 その先生の自宅にあるものを借りたのでそれは使用している。

右側が宿舎への入り口。この建物は客員の先生用。ご夫妻で宿泊されている先生も多い。

毎朝、この道を通って通勤している。Door to doorで5分以上かかる。 右側の建物は、体育館。その奥の右側の建物は食堂。正面に見える建物が大学の一部。


しかしはじめの5泊は下のような、8畳ぐらいの部屋にユニットシャワーとキッチンが付いている学生用の部屋に入寮した。 学生用のため、室内灯などは自分で持ち込まなければならなかったので、真っ暗の中で過ごした。 穴蔵のようで、帰るのがいやだった。

がらんとした部屋。初めの土日は、この「暗い部屋」にいるしかなかった。一階のため、カーテンを開けると、 歩いている人と顔が合ってしまうので、常に締め切り。したがって穴蔵のように暗い。

キッチン。本を読んだり、パソコンを使うためには明かりのあるキッチンまで、机を持って行かなればばならなかった。

5. 番外

5/23,24の週末は、HOSTの先生の奥さんの御両親が持っている別荘に泊りに行った。 近所は3軒のみ。近くのさびれた街に行くのに、車で10分ぐらいかかる。この町でさえ、 世帯数100はいかないような小さい集落。 隣には、弟さん夫婦が住んでいて、弟さんのお友達も、週末を利用して泊りに来たので、 大勢になった。


150年前の家。10年以上かけて、こつこつ修理や手入れをしてきた結果がこのお宅。 どうやら都会の人にとって、このような農村の古い家と土地を買って、 自分たちで何年もこつこつ修理していくのが贅沢の一つのようだ。

バーベキューを始めるところ。一見、仲良く話しているように見えるが、実は何も話していない。 小生入れて10名いたが、英語を話せる人は、HOSTの先生の夫婦と、弟さんの奥さんだけ。

Last modified on May 24, 1998