
この肖像(というより旗指物)はこの有名な「落合佐平次背旗」、つまり長篠合戦の
斎、武田勝頼軍に磔にされながらも自らを犠牲にし「信長の援軍が来る」と叫び、奥
平軍に知らせた鳥居強右衛門です。普段この写真が本などに載せられる時は頭が上に
なっています。しかし、この旗指物の正式な題は「落合佐平次背旗 鳥居強右衛門逆
磔図」となっています。この名称は明治26年に発表されたもので当時の正式名称で
した。この鳥居強右衛門が逆さまだったという事を証明する資料は今だに見つかって
いません。しかし何故「逆磔図」として伝えられてきたのでしょうか?
まず拡大してわかりやすくしてみます。(超拡大w)

<絵として見た場合>
分かったでしょうか?まず髪の毛が逆立っています。この時、強右衛門は別に寝起き
でもありませんし、いくらくせ毛の人でもここまでは逆立ちしません。磔になる前に
ヘアースタイルを整える事もなかったでしょう(笑)脇毛などの他の毛なども逆立っ
っています。目をパッチリと開いている、黒目がこのような位置に有るなどのことも
磔になり、逆さにされて頭に血の上った状態と考えられます。またこの旗指物は真っ
赤ですが逆さまになり、本当にこんな色になっていたのかもしれません。
の旗指物は口をへの字に結んでいます。有名な奥平軍に対しての「信長の援軍が来る」
の叫び声はこのようなつらい逆さまの姿勢で、そして口を開けるのも困難な状況で発
せられたのです。だからこそ今までこの有名な話しは引き継がれているのです。
手や足はピンと上を向けています。いくら体力がある人でも磔にされてこの姿勢はつ
らすぎます。逆さ磔と考えれば手や足はつっぱてるのではなくだらんと下げているの
だと説明がつきます。