1 SAP運動発足の背景
 昭和37年、日本は工業を中心に高度成長期にさしかかかっていた。当時の宮崎県
は農林業が産業基盤であり、農業の所得向上、農業者の地位向上を柱とした農業の
近代化を図ることが県政の柱とされた。
 この近代化を推し進める上から、農業青年が軸となり、高度な農業技術、優れた
経営感覚、農業課題の解決を図っていこうという運動が「SAP運動」となった。
 すなわち、優秀な農業の担い手を育成することが、宮崎県の経済を発展させる
原動力になるという県民運動であった。

2 SAP運動とは
(1)SAPの由来
 農業近代化の運動方針が決まった段階で、名前を付けることになった。
この時の県の担当者によってSAPと言う名前が決まった。
SAP=Study for Agricultural Prosperity(農業繁栄のための学修)
また、「SAP」を単独語とした場合には、「元気」「生気」「活力の元」
などの意味になる

(2)SAP運動の4つの柱
@農業青年を取り巻く環境の整備
 SAP運動が始まった、昭和30年代後半から40年代にかけては、活動の基本となる
場所作りから始めている。すなわち、各地域毎の青年技術館の建設、農業大学校の
整備、SAPの歌・バッジ・旗などのシンボル制作といったものであった。
 しかし、この柱の基本は、農業青少年の教育に対し、家庭、学校、社会、行政機関、
団体をあげて応援していこうという
根本的な姿勢にある。

A自主的な集団の編成と組織の強化
 SAP活動発足時は、750機能集団6769人から構成されていたが、これらは全て
作目別に編成されたものであった。
 現在、SAP会員も減少し、作目別での機能集団を市町村単位で構成することが
難しくなっているため、各市町村毎に1集団という組織構成が多くなっている。しかし
SAP学修を効率的に進める上からは作目毎の集団が必要であるため、地区単位で
専門学修集団が編成されている。

B段階的、体系的学修の実施
 SAP運動発足当時は、中学卒業者が中心で、市町村における一般学修、普及所に
よる部門学修、農大校での専門学修、さらには県外研修、海外研修といった学修体系
が整備された。
 現在は、様々な会員を抱えるため、経営の発展段階に応じた学修が行われている

C地域開発に取り組むたくましい実戦活動の展開
 会員個人や機能集団を単位としたプロジェクト活動は、個人や地域の課題解決を
図るために必要な手段である。
これまで、SAP会員が中心となって産地形成や
技術改善を図ってきた経緯がある。
 このような実戦活動は、現在も個人の経営向上にはじまり、本県農業の振興を
図る上で大きな役割を果たしている。