二人の数々の思い出をここに

西安訪問記 その三
<3/19(月)>

最後の日もなぜか目が覚めてしまい、8時に起きればいいところを7時に起きてしまった。取敢えず風呂に入って土を落とし、まだ時間が残っていたのでヒロちゃんに手紙を書いた。手書きの手紙はかかんと言ったが今回は帰国前の出血大サービスと言う事で、特別に御奉仕!!!でも内容はないよう、(^凹^)ガハハ。

さてお決まりのビュッフェの朝食をとり、ソーセジ、オムレツ、コーシーと西安に似つかわしくない路線で攻めた後は西安大金に向けて出発。一応メインは観光じゃなくて、西安大金訪問のはずだったのだけど、それはそれでお約束通りだりぃ〜って事で、かなり行きたくなかったです。と言う事でここでも西安大金訪問記ははしおります。

西安大金を出た後は侠西省博物館へ。何故西安が発展したのか?考えました。それはずばり肥沃な土地と敵から攻められても大丈夫な地形でしょ。って当たり前か、エジプト文明も、インダス文明も、メソポタミヤ文明も、黄河文明も結局は肥沃な土地が元となってんだもんね。それにはもちろん大河が必要で、西安もご多分に漏れず黄河の支流の太い川が近くにありました。

侠西省博物館を後にした我々は一路空港へ。西安の街を今振返って考えてみるとそれは.....、なんて土っぽい街なんじゃ!!!しかも活気なさすぎ、カラフルな衣類着なさいよ、あんたら。取敢えずオシボリの街西安として永遠に私の胸に刻まれる事でしょう。

でもホント飛行機落ちんでよかった。帰りの飛行機もちんぽう航空だったけど一応波音737(「ボーイング」って中国語で「波音」って書くんだよ)だったので大丈夫だとは思ったけど取敢えず無事戻れてホッとしました。

西安訪問記おわり
2001年03月23日 02時33分05秒

西安訪問記 そのニ
<3/18(日)>

西安への期待からなのか朝7時半に目が覚めた。取敢えずシャワーを浴び、土を落とし、2Fのビュッフェへ朝食をとりに。見知らぬ土地に行くと食欲が湧く事ない?ヒロちゃん知っていると思うけど俺って朝食べないでしょ。でも旅行とか行くと朝食食べる事あるのよ。

9時に昨日のタクシーの運ちゃんがお迎えに。我々は「石原軍団」ならぬ「秦時代の地下軍団」に胸を躍らせながら一路「兵馬傭」へ。「兵馬傭」までは市内から50キロくらい離れており、到着まで約1時間ちょっとかかったかな。案の定「兵馬傭」の周りは物売りの中国人でいっぱい。日本人と見ると鴨ねぎがやって来たと言わんばかりに売り子の群れ、群れ、群れ。しかしわてらはもう2〜4年近く中国におるつわもの。今まで辛酸をなめて来ただけにちょっとやそっとで買わん。結局おいらは武士の情けで絵葉書12枚入りを5元で購入。売り子のばばあにケチと文句言われた。中国の売り子って買わないと罵るのよね相手を、ひどいと思わん?ほんと中国人には取り付く島はござーません。

さぁー期待の「兵馬傭」。おおおおぉぉぉ・・・・・・????あれれれれ、なんじゃこりゃ????体育館ではないか。そうなんと「兵馬傭博物館」は体育館みたいな所にあったのです。しかし体育館の中に一歩足を踏み入れるとそりゃヒロちゃん圧巻ですよ。何千体もの兵、馬をかたどった土人形がずらぁっーと並んでおり、腕がとれている物、首がなかった物も一部あるがよくもまぁー2200年以上の時を越えて残っていたものだと感心しました。正に土人形の大運動大会です。これが1974年に楊さんに発見されるまではずーっと地下で眠っていたかと思うと古代のロマンを感じずにはおられません。兵馬傭博物館は3館から成っており、1号館の規模が最もでかいものの2号館、3号館ともそれ相当の物がありました。さて私の今回の旅行で一番重要と言っても過言でもない楊さんとの対面でしたが、残念ながらどこにおるかわかりませんでした。せっかくTシャツにサインして貰おうと思ったのに、残念。

その次に言ったのは世界3大美女の一人楊貴妃が唐時代の玄宗皇帝とやりまくったじゃなくて青春の甘い一時を過ごしたと言う「華清池」。傾国の美女と言われた楊貴妃に溺れた玄宗は安禄山の乱で一時都から逃げ出さなければいけなくなり、後に楊貴妃に溺れる皇帝を憂いた家臣の諌めを聞き、泣く泣く楊貴妃を切ったとのことです。ちなみに世界3大美女はクレオパトラ、楊貴妃、小野小町だった様な気がします。小野小町が果たして世界中に知られているかは定かじゃないけど。ちなみに俺は小野小町と小野妹子を取り違えていた事あります。小野妹子は男だよな、遣唐使だもんな。華清池はまぁーただの庭園でそれほど見る価値はなかったな、ただ入り口の大きな池に楊貴妃の像があり、裸でした。もちろんばっちりツーショットで彼女と写真を取ったよ。知らない人が見たらただのアホだな。

華清池の後は一旦ホテルへ戻り昼食。昼食はピザ。我々中国生活が長いので中華食い飽きてるのだ。たまにはピザでも喰わせてけろー。昼食の後は部屋に戻り3時まで昼寝。午後の部への体力を蓄える予定がわての後任の杉本さんが病気でダウン。中国赴任してちょうど1週間、恐らく知らない土地でなんだかんだ言って疲れてたんだろうよ。やっぱり慣れてないところでの生活って緊張していて知らないうちに体力消耗してたんだな。

と言うことで後任の方を置いてわてらは午後一発目に「阿房宮」へ。「阿房宮」とは秦の始皇帝が囲っていた女が住んでいた宮殿で所謂江戸の大奥みたいな所。一体何人の女を囲っていたかわからんが、一度も皇帝に会わずに終わってしまった女もいるくらいだからその数は何千となるんだろうな。始皇帝欲張りすぎ。ちなみに姉ちゃん達が当時の恰好をしてウロウロしておったが全然いけとりませんでした。俺始皇帝だったら絶対こんなブス選ばんと思ったもん。

期待はずれの「阿房宮」を後にわてらは「大雁塔」へ向けて出発。「大雁塔」はかの有名な三蔵法師玄奘の為に立てられた西安大慈恩寺の中にある塔。三蔵法師が苦節何十年か忘れたがインドから仏教の経典を持ち帰り日夜翻訳と徒弟の教えに励んだ所。流石にまちゃあきはおらんかったのー。ゴダイゴのガンダーラが頭の中で反芻しておりました。

「大雁塔」から戻ってからホテルに帰り、風呂に入ってから夕飯に。夕飯はみなさん歩きつかれたのかホテル内ですまそうとのことでホテルの中華料理屋で。松下のおっちゃんとわてはよー酒を飲むのでワインを一人一本くらいあけたかな、それ以外にもビールとかなんか他の酒を空けたような気がするが、何を飲んだのか忘れた。きっと飲みすぎと言うよりは疲れてたんだろうよ、だから何飲んだか覚えてない。でも食事の後のヒロコとの会話は覚えているぞ、おまえ人の事をすぐ酔っ払い扱いするからひどすぎ。おまえ失礼なやつだなぁー。俺はおまえとの会話大体覚えているんだぞ、すごいだろ。こえだちゃんとみきちゃん。彼らの存在は全く聞いた事もないし、知らんけど。俺にとったらこえだと言えばあの野口五郎が宣伝しとったお菓子の「小枝」。結構おいしいよね、今でもあるかな?

その三へつづく
2001年03月23日 02時27分03秒

西安訪問記 その一
<3/17(土)>

いよいよ、憧れ(?)の西安へ出発の日がやって来ました。後任の方を巻込み総経理を騙し、商売と全く関係のない秦から唐時代までの都、昔は長安とも呼ばれていた古都西安へ。ANAもJALも飛んでないくせしてちゃっかりホテルは建ててる観光の街西安。JASだけががんばっとります。

午前中は軽く客先への挨拶回りをこなし、午後一目散で白雲空港へ。15:30のちんぽう航空の飛行機に乗り、一路西安へ。フライト時間は2時間。国内線は3ヶ月に一度くらい落ちるのでもうそろそろ落ちてもいい頃かなと一抹の不安を感じたものの無事西安に到着。ただちんぽう航空のギャルは全然いけとらんかったです。

案の定西安空港の前はポン引きタクシーだらけ。怖いやらむかつくやらで取敢えず安全第一でタクシー乗り場へ。タクシー乗り場から乗ったのが良かったのか、実はこれが縁で次の日このタクシーを1日230元(3,450円)で貸切りしたのでした。運転手の名前は「王西京」さん、どう考えたって源氏名ですが本名聞くの忘れました。市内までは空港から4、50キロ離れているらしく、約45分くらいで市内に到着したかな。

西安の第一印象は土っぽい。取敢えず土、土、土。「つち」って言うよりは「ど」です。ものすごく埃っぽく、日がまだ出ているのにも関わらず、暗い感じ。砂埃で太陽がかすんでみえたぞ。それに待ち行く人も廣州とは違い活気なく、着ている物も土っぽかったです。極めつけはホテルのチェックイン。ホテルは「古都新世界大酒店」。NEW WORLD系列だからマリオットなんだけどチェックインの時オシボリ出て来ました。ビックリです。オシボリ出て来たホテルなんか生まれて初めて。流石にビールは出て来んかったが感服しました。西安の他のホテルもオシボリ出て来るんだろうかね。ちなみにホテルの値段は朝食、TAX込み、オシボリ付きで400元と格安。なかなかのホテルだったんだけどね。

西安は餃子が有名な所らしく、中でも「徳発長」と言うところの餃子は市内の中心にあり、一番有名な老舗らしく、そこに行きました。江沢民も来たらしいよ。味はなかなかで、とにかく餃子だけだったんだが、一つが小さいのであれなら何個でも喰えるな。

食後は明日観光する事もあり英気を養うべく速やかにホテルに戻り睡眠。のはずだったんだが、わては風呂に入ってから後任の方とホテルの周りを散歩。かなり怪しかった、一人だったら誘拐されたかもしれんわ。ホテルの角を右に曲がるとそこは回教徒(イスラム)の部落。後で調べてわかったんだが、西安はシルクロードの出発点。唐代にシルクロードの道が開け、どうやらその頃貿易等で回教徒が西方から来て、そのまま移り住んだらしい。流石シルクロード恐るべし、歴史を感じました。ヒロちゃん勉強になった?

それからもう一つ。格言を実証しました。「田舎の奴等はやりまくる」。街のあちこちに「夫妻用品」店があり、何が売っとるのかと覗けば、案の定性用品。田舎はやること以外やることないんですなー。ヒロコも高校時代やってばかりおったんだろ、なにせ越後だからなぁ〜。もう大爆笑したのが電動バ○ブちゃんのネーミング、その名も「突撃1号」です。中国にもおるんだなぁーおもろい奴が。

ホテルに戻った後ヒロコの家に電話したら男がでおった。ビックラこいたよ。まぁーおまえの事信じていないのではなく、もう大好きで、大好きで仕方ないから逆に心配しちゃうのよ。違うとわかっとるんだけどヒロちゃんの「そんな事ない」って言葉が聞きたいのよね、ゴメンな。

明日はいよいよ兵馬傭。売り込み文句が「秦時代の地下軍団」です。かっこいいでしょ。男としてはロマンチャック過ぎてもう抱いてって感じでした。

そのニへつづく
2001年03月23日 02時20分54秒

ヒロちゃん訪中記 その八
その七からのつづき

<2/23(金)>

朝6時起床。とうとうヒロちゃんが帰国する日が来てしまった。当日はヒロちゃんが帰国するのがかなり忍びなかったけど。俺の日本に帰国する日が早まったとの了解で我慢。

7時に中心広場を出発、道がすいていた事もあり空港まで30分かからんかったな。掲示板に大阪行きの字が出た時はちょっと悲しかったが、まぁー別れるわけではないし、帰国したらずっと一緒だから、1ヶ月くらい我慢しようと決心した。

夜家に帰ったら、生理用品の残り、ゴミ箱のにおいそれからヒロコの剥いてくれたマンゴでおまえを感じたよ。

いつまでもヒロコを愛しています。ヒロコは人間考えが変わるからそんなこと肯定できないと言うけれど、今回ヒロコと一緒にいて楽しかったし、何でも話せるし、何より気を遣わなくてすむと感じました。ずっと一緒にいられるかどうかは何十年と言う時間が経過しないとわからないから、俺がいくら信じろ言っても、今のヒロコには無理かもしれんが、おまえが死ぬ間際になって一言言わせたいな「ほんとだったね」ってね。

おわり
2001年03月01日 15時52分46秒

ヒロちゃん訪中記 その七
その六からのつづき

<2/22(木)>

ついに最後の一泊が来てしまった。目が覚めたのはわりかし早く8:30くらいだったな。目が覚めた後もゴロゴロしたり、ちょっと一発契りを交わしたりして結局外出したのは昼過ぎになってしまったな。

取敢えず「パーゴルフ」と「千枚漬け」を持って昨日の写真館「雅閤撮影名店」に直行。ヒロちゃんちょっと不安だっただろ、実は俺もおまえ以上に不安だったのだ。もし出来上がりが終わっちゃってた場合俺はどんな慰めの言葉をおまえにかけられるのだろうと.......、(^凹^)ガハハってウソ。きっと綺麗だろうと思ってましたよ。あれだろ出来上りの写真まぁーまぁーよくとれてただろ。やはり初めてだからぎこちなさはあったが、かなり綺麗&可愛かったよ、一部を除いて(あのドラキュラはちょっとな、瞬きした時にとったんだろうよ)。ヒロちゃんファンとしては満足です。特大写真用1枚、B5サイズ用1枚、冊子用13枚、電話帳2枚選べ言うからたいへんだったな。取敢えず当確ライン際のが4枚くらいあってあーでもない、こーでもない言っとったな。おまえ以上に写真選びに夢中になってしまった。ヒロちゃんファンだけにかなり気合い入ったよ、また機会あったらとろうな、写真は俺が選んだる。今回の写真の中で個人的にはあの小悪魔がお気に入りです(変だけど、とっても可愛いかったよ)。3/8に出来るというので楽しみ。おまえの両親もあれみたら滅茶苦茶喜ぶと思うぜ。

写真選びが終わった後は中国大酒店へ。あそこにはホテル塔、オフィス塔、アパート塔があって、新居さんとタニオさんはそこに住んどるのよね。日商岩井も中国大酒店のオフィス塔にあるのよ。取敢えずお土産をフロントに預けて、我々はちょっと晩い昼メシをとりに。あとでお土産受取ったか聞いたんだけど、新居さんはその日に受けとったのだが、タニコさんとこは全然届かなくて、賞味期限が切れた次の日届いたのだと。食べてみたけど腹は壊さんかったとのことだ。

昼メシを食べた所はローカルの海鮮料理屋で「越秀漁村」とか言うところ。おまえに最後のフカヒレ食わしたろうと思ったんだけど、売り切れで残念。エビ、カキ、蟹、空心菜食べたがうまくなかった?俺なんかご飯3倍も食べちゃった、かなり満腹。

昼飯食べて帰宅。その後はベットでゴロゴロしとったね、ほんと喰いすぎでお腹いっぱいになって結構きつかった。明日おまえが帰ってしまうんで名残り惜しいから、運動をちょこっと。既にあれを使い切っていたのでもろ室内着でセブンイレブンに買いに行ったら、時間が時間だっただけに日
本人学校の知合いの先生に会いました。片手にあれをもってウロウロしているところをしっかり目撃された。でもヒロちゃんのはほんといいです、大好き&ありがとう。日本帰ってからも宜しく頼むよ。

それから4時間くらいゴロゴロして外出。腹も減ってなく、歩こうとのことで取敢えず新居さんの送別会の店を予約しに。と言っても結局アイスくっとりましたな、しかもまた二人ともちょっとおかしくなっているし。やっぱり我々バカじゃないの?そこで止めとけばっていうラインを超しちゃうんでしょうなー。これからお互い牽制し合おうぜ。予約後は台湾料理「阿里山」へ、我々が食べた麺は「タンツーメン」って言うんだよ。それからカキの炒め物もうまかったな。ヒロコ覚えとる?俺が台湾行った時喰ったカキ料理のこと。阿里山で喰ったカキより二回りくらい大きい、中粒のカキを茹でて、ちょい甘めのマスタードソースらしきものをかけた奴。おいしいんだよ、ビール何杯でも飲める。帰国したらチャレンジしてみよう。

家に戻ってからヒロコは片付けを始めたね。1週間ほんとあっという間に過ぎてしまった、おまえが荷物を片付けている姿を見てとても辛くなったよ。風呂から出てきたヒロコが俺がバカな事ばっかりやっている言うもんだから、「俺の気持をわからんやつめ」って言ったけど、忍びなかったのよね、おまえが帰国してしまうの。俺がおまえに発想の転換で日本に帰国する時期が近付いたと思えばいいやと言ったの覚えとる?あれは自分に対して言ったのさ。風呂から出た後居間でまたおしゃべりしたな、ヒロコと一緒にいると話が止らんよ。

こんな感じで今後もやっていこうな。最後はヒロコと本日3回目そして今回の訪中でラストの挨拶を交わし就寝しました。

その八へつづく
2001年02月28日 15時26分56秒

ヒロちゃん訪中記その六
その五からの続き

<2/21(水)>

前日ドラマとか見てて、なんだかんだ言って4時くらいまで起きとったせいか目覚めたら11時過ぎだったな。しかもよだれ垂らしまくっとった。前日ちょっと飲みすぎたせいか朝気持悪かったよ。

しかし常盤えつこじゃなくてたかこムカツク。全然信じてない、あいつヤリマン。俺はドラマなんか見ないんだとか言ったが、その実むちゃくちゃその気になってました。気分はとよえつよろしく山下清。あの女きっと同じこと繰り返すぜ、ってあいつ存在しません、この世に。でもムカツク。

お昼は中心広場の3F「東海海鮮料理」で2度目の飲茶をしたね。ヒロちゃんが肉まんこ喰いたい言うから、頼んだらお焼きでしつれい。でもうまかっただろあれはあれで。あとなーあのサクサクした大根の菓子だけど美味しくなかったか?あれ俺の好物。エッグタルトも一口ぺろりん、俺ほおばらんと喰った気しないのよねん。いやしいでしょ、以後気を付ける。

昼喰った後はアーリャン君の教え通り江南大道にチャイナドレスを見に行ったな。しかし我々のイメージとちょっと違っていて、かなり本格的な衣装がずらーっと並んどった。アーリャン君一体何を考えていたんだろうな。江南大道で写真館があったので思い出したが、前々からヒロコが来たら写真をとろうと思っとったんだよ、面白そうだったからさ。ヒロちゃんちょっと恥かしがってたけどな。日本でとったらめちゃくちゃ高いと思うからさ、記念にとっておいてよかっただろ。

ヒロコ緊張しとったのかそれとも膀胱炎の兆しが既に現われとったのか知らんがトイレに行きたくなったんで、変な喫茶店行ったな、名前すら覚えとらん。しかしやられましたな、きゃつには。チョコレートと、アーモンドの真珠○茶。おまえが写真とっとる時からおかしかったよ、案の定家に帰ったらダブルノックアウト、トイレに駆込み寺でしたな。

写真館の値段はお手頃価格でしたぞ。大型写真、B5くらいの写真、電話帳(これ何って感じだろ)、冊子の4点セットで、つけ眉毛とかもろろものEXTRA入れても350元程度。ヒロちゃんとっても綺麗だったよ。初めてだからかなり緊張と言うよりは恥かしさからかちょっとギコチなかったけど(まぁーあれはその気にならんととれんよな。日本人には恥かしいと思いますよ。でもあのクソデブめちゃめちゃノリノリでなかった?君考え直した方がいいですよって言えない自分が悲しかったよ)。ウエディングドレス着たヒロちゃんとってもとっても綺麗でござんした。拝まして頂きました、「花嫁はやりまん」。何年かしたらそんなヒロコの横に立っとる奴がいると思うと、そいつがとてつもなく羨ましく感じ、不思議な気持になったよ。照れ屋のヒロちゃんはホントよくがんばったな、カメラマンに「Missing your boyfriend, Hi smile」とか、「小悪魔の様に」とかわけわかめな注文つけられながらもさ。でも花嫁は椅子に肘かけたり、腰に手をあてて小悪魔ポーズとたっりしません。かなり笑えましたが、他人が見たらめちゃ可愛いと思うよ。俺はヒロコ知っとるから死にそうなくらいおかしかったけど。

家に戻って来て取敢えず「Take a sit」済ませて、夕飯は近くの景星ホテルの1F「食街」に行き食事。あの「じゃーじゃーめん」と「空心菜」うまかっただろ、あとあの桂魚も。あれねぇー「清蒸〜」って言う調理法なんだよ、日本であるかな。あの汁をご飯にかけて食べるんだよねぇー廣東の人は。

部屋に帰ってからフィットネスルームへ。俺がルームランナーはまる理由わかるだろ。2世帯になったら地下室作ってもらおうぜ、そしてルームランナー置こうな。

とりあえずこの日は真珠○茶にやられましたな。

その七につづく
2001年02月27日 14時20分58秒

ヒロちゃん訪中記 その五
その四からのつづき

<2/20(火)>

この日も敢無く出社。朝眠たかったのにヒロコを起こしてしまったな。会社行ってから何度も自宅に電話したんだけど、昨日パソコンでネットに接続した際ジャックを電話に戻すのを忘れてた。ヒロちゃんは俺が仕事忙しすぎて電話かけられなかったとなんともまぁー前向きな発想しとったけど。改めてヒロちゃんはプラス思考と感じたよ。

せっかくヒロコが来とるから就業時間が終わったら(17:30)即帰り、18:30頃には家着いたんだけど、おまえJUSCOなんか行きやがって。しかもまずい緑茶なんか飲んでるし、やることなかったから風呂場とシャンデリアの電球買えちゃったよ。

ヒロコが戻って来てから、夜店を見に2度目の北京路へ。いろいろと売っているものの、いいもんじぇんじぇんなかったな。結局ヒロコはピーチ、俺はアーモンドのアイスを喰って、元来た路を戻るが、ここでヒロちゃんからいちゃもんをつけられる!!馬鹿タクシーの運転手が遠回りしおったから、俺が文句言って、金返せって言ったことに対し、バカヒロチンコからクレーム。俺がなんかいつも攻撃的みたいな言い方しやがって、俺は爆走天使かって言うんだよ(ってそんな可愛いもんではないか)。しかもバカヒロコむっつりして、喧嘩上等って気構え、レディースかってんだ、この夜露死苦、走死走愛ヤローめが。

まぁーでも夕飯を喰ったイスラム料理屋「博斯旦」の「エノキ事件」のおかげできれいさっぱり忘れたけど。イスラム料理屋では「羊肉の串焼き」、「鶏肉がのっとるナン」、「エノキ炒め」を注文。鶏肉がのっとるナンを頼んだのに、羊肉がのっとるのが来たから(しかも二つ)、もうこの時点で怪しいと思ったんだが案の定待てど暮らせどエノキが出て来ん。お腹がいっぱいになったから、キャンセルしようとしたら、店のにいちゃんが厨房に確認する言うんでわかったと伝えたら、トランシーバで「エノキはまだか」、「エノキはまだか」といきなり交信。おいおいこいつらの厨房一体どこなの????って店だったな、料理は外から運ばれて来るしよ。今度行った時チェックします。そして交信終わったと思ったらとっちゃん坊や風の兄ちゃんが「すみません、本日エノキありません」と一言。「えっウソでしょ、ウソって言って!!」、おまえら一体今まで何やってたんだぁー、始めから言えよと呆れ通り越して可笑しくて死にそうになりました。しかも勘定の時しっかりエノキ代含まれているし、もうちょっと連携とろうよ....。エノキがトラウマリストにのってしまったよ。

イスラム料理の後は花園ホテル(ガーデンホテル)の30階へ。ララポート宜しく、45分に一周するフロアでヒロちゃんはレモンテーを、俺は威士忌(←中国語でウイスキーって意味)を飲みました。

その六につづく
2001年02月26日 11時59分02秒

ヒロちゃん訪中記 その四
その三からのつづき

<2/19(月)>

サラリーマンの宿命かヒロコが来とると言うのに会社に出向かわなければならず誠に残念。しかしながら朝社長が香港に行くとの情報をキャッチ!!3時上がりの決意をする、チャラリーマンです。

取敢えず会社に着いて3時以降アーリャンの車を確保し、外出理由もばっちしつくり、後は3時が来るのを首を長くして待っとりました。とは言うものの仕事(HP作り)もあり、3時までせっせとこなし、途中ヒロコの事を思い出しては自宅に電話。

予定通り3時に退社し、4時ちょっと前に帰宅。ヒロコを連れ出し、「芳村」の茶具卸市場へ出向いたな。それにしても市場での値段にはインド人もびっくり、今まで我々がどれほど搾取されていたか思い知らされたよ。これじゃぁーもう日本どころか中国でも買う気が起きないな。ヒロちゃんはお茶碗やら急須やら茶葉やら購入したけど、また欲しいもん出来たら連絡せーよ、日本で買うよりバカな事はないもんな。まぁーでも今回ヒロちゃんが欲しかったガラスのデカンタとサーバーも買えて、俺も大満足。ヒロコの喜ぶ顔をみれてうれしかったぞ。それにしても急須売ってた所の兄ちゃんはどう見ても茶色の急須を青色だと言ったり、ガラスのデカンタ売ってた所の姉ちゃんはあっちの店のは割れ易いと言うし、中国人ってホント恐ろしいかっただろ、きゃつら理解不能です。最後に龍井茶(ロンジン茶)もみつかり、よかった、よかった。ただ中型のサーバーがなかったのが残念。

夜は韓国料理「金剛苑」へ。骨付きかルビ、チャプチェ、キムチチゲ、海鮮チゲを食べたな。海鮮チゲが結構出汁が効いておりうまかった、それからチャプチェもいけてました。二人ともまた喰いすぎて、気持悪くなったが....。

夕食の後はマッサージへ。公安の取締りが厳しいらしく、残念ながら全身マッサージはなし、足マッサージで妥協。ヒロコのねーちゃんはいかにも揉みます、揉みますって感じだったのに、イマイチだったみたいで可哀想だったな、皮剥けた所触るな言うてんのに触るし。ちなみに俺のねぇーちゃんはあたり。マッサージは1時間35元でした、足の疲れが取れたよ。

その五につづく
2001年02月26日 11時12分52秒

ヒロちゃん訪中記 その三
そのニからのつづき

<2/18(日)>

朝から「マック」に行く。ヒロコはイチゴサンデーとチーズバーガーを注文。昨日指導を受けたばかりなのに「甘い物→しょっぱい物」と喰ってたヒロコを見て、学習効果のない奴めと感じた。

午後は一徳路の玩具市場へ。べろ出しキティーは杉ちゃんにやること。ちなみにキャツに俺のイチモツを舐められた。玩具市場見学途中でヒロちゃんがうんこしたくなる。歯磨きした時の水が原因と言うが、俺は多分食いすぎが原因じゃないかと思うんだけど...、でも口に出せなかった。

うんこの場所を求め、白天鵞ホテル(ホワイトスワンホテル)へ。ついでに茶をしばく。ヒロちゃんはミルクティー、俺はパパイヤの真珠○茶(○は偏が女、旁が乃)を、またショートケーキとパイナップルケーキも頼む。今思うとこれで真珠○茶をやめとけばよかったな。

その後沙面(租界地)を散歩するも疲れたので、やはり白天鵞のパン屋で茶をしばく。ヒロコはやはり調子悪く、泊まってないくせに白天鵞でウンコを2度もする。越後のおなごはさすがに芯が太いぜ。

夜は白天鵞ホテルの四川料理屋「風味庁」で夕食。「蟻が樹に上る」、「蒜泥白肉(「肉」は「菜」となっている場合もある)」を食べるが、なんと言っても海鮮おこげがうまかったな。「蟻が樹に上る」はちょっと辛すぎて、案の定次の日腹が痛くなり、肛門が熱かったっす。

その四へつづく

2001年02月26日 09時58分07秒

ヒロちゃん訪中記 そのニ
その一からのつづき

<2/17(土)>

  朝「潮皇食府」で飲茶。「しょっぱい物→甘い物」と指導を受けたな。またどう見ても40歳以上に見える29歳の山崎氏も発見、朝から珍しいものをみたので、いいこと起こりそうな予感がしました。

午後は北京路に行き、靴・小物関係のバッタモンを見学するも、商品のできは イマイチ。そんでもってその後海印橋近郊にて偽CD及び偽時計を購入。ボロレックス130元なり。ヒロパパにもボロレックスを購入。

夜は「利苑」にて新居夫婦、大谷夫婦と共に北京ダックを食す。新居夫婦は来る前に一波乱あったそうです、新居先生ちょっぴりムッツリしとったな、波乱万丈です。

その三へつづく

2001年02月26日 09時50分08秒

ヒロちゃん訪中記 その一
ヒロコヘ 今後二人で旅行した時の思い出を残していこうと思うんだ。だから手始めに今回のヒロちゃん中国訪問をまとめてみた。後々振返り、馬鹿笑いをしような。

<2/16(金)>

ヒロちゃん廣州に17:45到着、到着ゲートから出て来るのがオヤジばかりだったのでヒロちゃんがとびきり可愛いく見えて、改めて惚れ直したぞ。そんでもって我社のアーリャン君と御対面。ヒロちゃんのことをアーリャンに弟だと言ったら「そんなわけないだろ」と言われた。なんでわかったんだろう?鋭い奴め。

この日の夕食は「南海漁村」で茹でエビ、ホタテのニンニク和え、フカヒレ等を食べたな。その後JUSCOに行って、ヒロちゃんはスターフルーツを購入。俺は絶対食うまいと心に誓ったのをまるで昨日の様に覚えている。

ヒロちゃんに廣州結構暖かいよと言っていたので、その通りになってよかったよ。ホント今回の旅行では終始いい天気&気候だったな、世の中俺達中心に回っていると再認識したぞ。

そのニにつづく

2001年02月26日 00時12分26秒

ヒロコヘ
俺とヒロコの思い出帳を作成したよ(ホントは日記を書くようなのだが)。これから二人の思い出が出来る度にここに記していこうな。
2001年02月23日 16時22分04秒

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