(C)Two-Way/道徳/小・中学校/野口健さんに学ぶ
青森県(青森市立甲田中学校)/寺田充伯
野口健さんが登ったエベレストには、日本登山隊のゴミが山のようにあった。
「日本のマナーは三流」の一言で決意した清掃登山実現を通して困難に立ち向かう強い意志を学ぶ。
野口健さんです。(公式HPの写真だけを見せる。)
野口さんは1999年エヴェレストの登頂に成功し「7大陸の世界最高峰最年少記録」を25歳で樹立しました。現在青森大学大学院に在学中です。
1997年5月23日、野口健さんは国際公募隊の一員としてエヴェレストにいた。
隊は隊長のラッセル・ブライスはニュージーランド出身、その他アメリカ、カナダ、ベルギー、フランスなど9カ国28人の寄り合い所帯であった。
野口さんはABC(アタックベースキャンプ)ついたときには、咳が止まらず、おまけに途中で肋骨を3本折っていた。
強風が10日間にわたって吹きまくり6600m付近のABCに足止めされていた。
発問1 強風がやみ頂上にアタックする前日、隊長が言った一言に
野口さんは「冗談じゃないぜ。」と思ったそうです。
隊長は何をしようと言ったのでしょう。
正解は「韓国隊が残したゴミが汚いから掃除しよう。」です。
発問2 韓国隊のゴミはどんなものがあったでしょう。
酸素ボンベ、つぶれたテント、食器、空き缶、生ゴミ、薬、注射針、点滴、(周囲には人間の汚物、男性だけなのにコンドームも)
説明1 実はエヴェレストは各国の登山隊のゴミでいっぱいだったのです。
テレビなどで放映するときはゴミが映らないように気をつけて撮影していたのです。
腹が立った野口さんが「韓国人はひどい。」というとシェルパが
別の国の登山隊が残したゴミのある場所に案内してくれました。
野口さんはそのゴミを見てギョッとしたそうです。
発問3 韓国隊よりも多くのゴミを残していったのはどこの国だと思いますか。
そうです。日本だったのです。
指示1 このとき、他の隊員から言われた言葉が野口さんの頭から離れなかったそうです。
板書 「日本のマナーは( )だな。」 ( )にあてはまる語句を書きなさい。
正解は(三流)
野口さんはこの日から「コンチクショー!登頂したらきっと戻ってきて、この日本のゴミをきれいに清掃してやるからな!」と思ったのです。
説明2 帰国後、野口さんがエヴェレストのゴミ問題をあちこちで話すようになってから
野口さんは登山関係者から目の敵にされていました。
それは過去の登山隊の恥部を明らかにするものだったからです。
しかし野口さんは考えを変えませんでした。「そんなことよりも、
清掃に乗り出すことが、むしろ日本登山界の誇りになるのではないか。」
と思ったからです。
そして3度目の挑戦にして1999年5月13日、エヴェレストの頂上を極めたのち、
清掃登山を実現したのでした。
「100万回のコンチクショー」野口健(集英社)のP.35、L.12〜P.36、L14を読む。
発問4 この時、野口隊が回収したゴミの重量はどれぐらいだったと思いますか。
2000年の野口隊は、6600mのBCから8300mまでのエヴェレストの山腹を清掃し、2ヶ月で1.5tのゴミを下ろしました。
古いゴミには欧米隊のものが多く、新しいゴミはほとんどが日本、韓国、中国などアジア隊のものでした。
発問5 ゴミの中で一番大変だったのはどんなゴミでしょう。
人間の排泄物、ウンチです。氷河上ではウンチは分解されずに半永久的にそこに残る。
だからドラム缶に詰めて下ろす必要があるが、現実には垂れ流し状態だ。
説明3 その後、取材で「過去の日本隊のゴミが多く、ショックを受け清掃登山をした。」
とコメントしたところ欧米人からの投稿がありました。
「私はエヴェレストからゴミを拾い集め、展示会を開いたケン・ノグチの
努力に感動した。
しかし、ゴミの多くが日本人の捨てたものであったことに、
ノグチ氏が驚いたことに私は驚かざるを得なかった。
私はここ10年、日本の山に登ってきたが、
そもそも日本の山のいたるところがゴミまみれなのである。
ノグチ氏はおそらく世界中の高い山ばかり登っていて、
日本の山についてはご存じないのだろう。」
発問6 これを聞いた野口さんはこの後、どうしたと思いますか。
・富士山の清掃登山 ・小中学校、高校、少年院などでの講話
・報道系からバラエティー、子供番組までとにかくテレビや雑誌に出て環境問題を話した。
・青森県に環境教育発信の野外学校を作る。(木村守男知事と話した。)
・富士山などで入山料をとり、環境保護に使おうと働きかけている。
指示2 今日の授業の感想を書きなさい。
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