まちゃ♪の「ひとりごと・・・」 連載です〜!


はじめに♪
混沌とした世の中であり、「美味しい水」を求めて旅に出る。 この「ひとりごと」を公開することにより、自分自身の思考の整理をするとともに、悩んでいる人の参考にでもなれば幸いである。
自由、気侭に、そして、微笑みを絶やさず、自分のペースで歩いて行こう♪  感想、激励、意見等をお待ちしています。 macha1962@yahoo.co.jp

No.1
老人と孫がロバを売る為に歩いています。 村人の一人が言いました。「丈夫そうなロバじゃないか、乗って行けば楽なのに」これを耳にした二人は、ロバの背にまたがり行きました。 まもなく、別の村人達に会いました。すると「見ろよ、あの怠け者の二人を、ロバを殺すらしい」老人は体重の重い自分が降りました。 孫だけをロバに乗せて歩いていると、また別の村人達が囁いています。「あのろくでなしの子供を見ろよ、年寄りを歩かせて楽をしている」老人は孫を歩かせ自分がロバに乗りました。すると、こんどは「なんと卑しい老人なんだ、子供を歩かせて、自分だけ楽をしている」二人は考え、歩き出しました。今度はそれまでとはまったく違った格好です。二人は夕暮れに息もたえだえで町の市場に着きました。肩にかついでいた棒を重そうに下ろしました。なんと、棒に吊るされていたのは、足を縛られたロバだったのです。。。
「八方美人にはなれない。なろうと思ったら、”自分”が失われる」

No.2
もし、私が「自分」のために存在しないのなら、いったい「誰が」自分のために存在するのだろう? もし、私が「自分」だけのために存在するのなら、 その私とは何者だろう? そして、もし、今、「自分」のために存在しないのなら、 いつ、存在するのだろう? (ヒレルの詩:ヒレルは2000年程前のユダヤの導師)
700年程前、導師のソーシャが死の床についていました。 弟子が死ぬことは恐くありませんか?と尋ねると、 「私は神にお目にかかるのが恐ろしいのだ」 弟子は先生はソロモンのように賢明な判断をし、モーゼのように導いてくれました。  ソーシャは言いました 私が神の前に出ると、神はモーゼのように生きたか?ソロモンのように生きたか?とはおっしゃるまい。神は「私」に、おまえは本当にソーシャとして生きたのか?と!
自分自身であること・・・ それは現代社会の問題ではありません。  2000年以上昔から悩んでいるのです。
この問題を解決するには、素直に「自分の心」を見ることです。

No.3
決断しないのも、またひとつの決断? 子供の頃、決断は両親の役目だった。 決断することの責任を引き継ぎ両親から離れ自立する。そして、孤独を感じる。  歯が痛い!歯医者に行かなければいけない。でも、いつも先に延ばしてしまう。明日は必ず行こうと自分に誓う、そんな時はお風呂の中だったりで、結局はいつも頭で考えるだけ、そして自己批判する「なぜ?・・・」これでは、自立しているとは言えない。
自分で自分の生き方を決めるというのは、人に世話をやいてもらうあの心地良さをあきらめなければいけないのか?いいえ、大人になることで、あきらめねばならないものも、また、新しく得るものも両方ある。
自分の人生を自分のものと言えるように・・・ 決断!することにより、新しい自分が見えてくる。きっと・・・♪

No.4
決断するという事は、どんな人間かを示すことである。 たとえば休暇を北海道で過ごすと決断したら、それ以外の地を捨てたということです。 ひとつを選択することは、他を捨てることです。
ひとつの選択をするとき、誰かの価値観を否定してしまう危険性があります。 ですから、価値観が矛盾する人々の愛と関心をつなぎとめておきたかったら、「決断しないこと」です。
しかし、みんなが愛してくれても、自分の存在感が失われてしまったら…自分の存在感を失いたくはない!

No.5
自分の生き方を自分で決めるということは、ひとり立ちすること。  自分のしていることが上手く行っているのに誰も認めてくれない。  自分以外の人は気がつかない。 それで、自分のしていることが、つまらなくなり、希望を失い、沈み込んでしまう。 
それは、自分以外の人が影の存在として重くのしかかっているからです。 この自分以外の人が何者かわかれば解消できるでしょう。

No.6
影のような存在は、両親であったり、師匠であったり、恋人であったり、親友なのかも知れない。 きっと自分の生き方に影響を与えた人物です。
精神的な隔たりを持たなければいけない。 精神的な隔たりを持つと言うことは、思いやりのなさとか冷淡にすると言う意味ではありません。 精神的な隔たりを持つということは、お互いの違いを認め、その違いを受け入れることです。
そうして始めて、自分自身の人生が送れると思う。

No.7
人間が二人いれば、別々の考え方があります。 違いを見つけることは間違ったことではありません。 人生を面白くしてくれます。 それを乗り越えられれば、なお結構。
「私の人生はあなたの人生」って誰かが言いました。 これは言った人が人生の限界や方向を相手に委ねているということです。 こんな言葉はおかしいと思う。言った人は自分の望みを捨て、相手の要求を受け入れるばかりだったら・・・こんな恐ろしいことはありません。 あなたがそこからいなくなったら、その人は、独りぼっちになってしまいます。
もし、「私の人生はあなたの人生」って言われたら、言った人を理解し自分との距離をどのように保つのか考えてみましょう。

No.8
近所に勉強についていけなくて学校に行かない子供がいます。 読むのがやっとで、計算の方は言わないでおきましょう。 しかし、最近、自動車に興味を持ち、算数を教えてあげたらエンジンの最大出力を小数点以下3桁まで計算できたのです。
また、まちゃ♪の師匠から聞いた話ですが、師匠の家に来ていた庭師のおじさんは中学を卒業後庭師になり約45年、師匠が音楽を聴いていたら良い音ですね〜って言うから、何故?良い音がするか師匠が説明しました。 その庭師は週に一度はいろいろ師匠に聞きに来ます。 そんなことを2年間続けていたら庭師は突然ある機械(プリアンプとパワーアンプ)を持って来ました。 自分で設計して秋葉原の電気街に部品を買出しに行き自分で組み立てをしたのです。 庭師は自宅で音を鳴らした後に師匠の家に来て師匠に音を自慢げに聴かせたのです。 そして、持参したA4サイズのノートを12冊師匠に見せました。 そのノートには師匠が話したことと庭師が実験した結果が沢山書いてありました。 1年がかりでそのノートと実験結果の検証(再実験)を実施しました。 そして庭師は学位(工学博士号)を取得しました。 博士号を持った庭師の誕生!です。
本当に自分が望んでいることを見つけたら、新しい自分が誕生するのです。 また、自分自身を欺き、変に正当化して自分が望まないことに努力するのは空廻りです。ブレーキをかけたまま運転するようなものです。たくさんの汗とエネルギーと時間の無駄にしているのです。自分が望むことをやる それが自分自身の価値を高めるのです。自分自身を認識し自分だけの特別注文の人生を送りましょう。

No.9
自分は無力だと思っている人のために・・・
娘は入院している母を一生懸命、世話をしているようでした。 しかし、病室で、揉める会話が多々ありました。 お母さんは何事にも厳格な人です。 娘は、お母さんに対して曖昧でいい加減な態度で接していました。 娘は、お母さんを怒らせることで自分の鬱積した怒りを吐き出していたのです。 その話を耳にした時、娘に言いました「みんな、あなた(娘)の味方ですよ、あなたには選ぶ権利があるのです。お母さんとの関係を良好にすることも険悪にすることもあなた次第です」娘は、お母さんが嫌がることをしないと決意し、実行して3日経った時には誰もが羨ましがる関係が築けたのです。 自分の立場を卑下し無力だと感じていた娘は自分の力を発見したのです。
友人の教授が学生達に病院の患者を10名集めるから、適当に60分間話しなさい。これが本日の講義です。と言いました。 患者達には学生達が面白い話をしたら、「うん」と相槌をしなさいとだけ伝えました。 結果は漫才の時間になったことは言うまでもありません。 患者達の「うん」と言う反応が奨励や報酬の働きをして、学生達の行動が変化したのです。 患者達は無意識のうちに他人の行動を支配したのです。
その教授は講義をしながら右往左往します。 学生達に教授が窓際に来たら従来より真剣に且つ積極的に講義を受けなさい。 廊下側に行ったら適当でいいです。と言っておきました。 そうすると勘の良い友人は10分もしないうちに窓際に釘付けとなりました。 教授の右往左往する癖に学生達の反応が勝ったのです。 しかし、学生達が我慢できなくなり70分で暴露してしまいました。自分の反応で(或いは反応しないことで)他人の行動に影響を与えるのです。
自分の力を意識したら、きっと違った世界が開ける無力だなんて感じなくなります。自分の生き方を自分で決めることが出来るのだから・・・

No.10
自分の生き方は自分で決められます
言うは易く、行うは難し。 と言われますが、行うことは難しいことではありません。 だって、自分はいつも自分自身だから、自分のことは自分が一番良く知っているのだからね! つまり、自分を欺いてはいけない。 自分に正直であれ、と言う事です。「汝自身を知れ
大切なことは、自分を他人と比べないこと、自分に対して判定をくださないことです。 自分のイメージが好きでないからといって自分を放り投げたりしてはいけません。 共感を込めて自分自身を理解するのです。 自分にとって都合の良い面だけでなく辛い面もみつめなければいけません。 これまでに自分で創りあげてきた個性を理解するのです。 成長するにつれ、人生を歩むにつれ、常に何かを取り入れ自分の人格と行動につけくわえているのです。 絵を描いている時に一歩下がって力を抜き新鮮な目で作品を眺めることがあると思います。 これを自分自身に実行するのです。人生における最も重要な創造活動なのだから、自分自身の大部分は自分が創ったものである。 そして、自分がふさわしいと思う通りに自分を創りかえる権利を持っているのです。
自分自身をよく眺め、嫌なところは自分で変えましょう  

No.11
自分に自分を紹介しよう。
自分にも周囲の人々にも自分を告げることによって、自分の概念が出来あがる。 それは自分の生き方を自分で決めるには欠かせない大切なものです。
自分自身を言葉で表現することは客観的でかなり信頼のおける自己評価になる。
自分に対して難しい質問をするとその答えも難しく自己の過小評価となります。 それは自分にとって良いことではありません。 先ずは簡単な質問を自分自身にしてみましょう。
好きな色は? 好きな食べ物は? 好きな車は? どんな服が好き? 都会と田舎とどっちが好き? どんな本が好き? どんな音楽が好き? 自分は何がやりたいの? このような質問に対して、「わかりません」と答えることは寂しいことです。
「わかりません」という答えは自分に対して自分を隠している証拠です。 自分に対して自分を隠していたら成長は期待できません。
自分の好みや欲望を認知しない場合の背景として、自分の考えを持てば行動に移さなければいけないと短絡的に思っているからです。 自分の望むことを考え、決断し行動するまでに時間をおくやり方もあるのです。 何事も Plan→Do→Check→Action の Cicle を廻すことが重要です。 しかし、最初から正しく結果を得るにはしっかりと simulation することです。
難しい統計的手法を使ったり方程式を解くのではありません。 自分の考えを表に出して結果を想定するのです。 例えば大阪から東京に行く場合、飛行機、新幹線、夜行列車、在来線乗り継ぎ、高速バス、タクシー、自家用車、レンタカー、高速道路、国道、ヒッチハイク、歩き・・・何を選んだら一番自分の期待する結果が得られるのか simulation するのです。 simulation しても期待する結果が得られない場合があります。 そんな時こそ chance なのです。 自分を信じ心の中に一瞬閃く着想や思考を大切にして、次に頭の中で楽しみながら考えてみるのです。 きっと魅力的な答えが出るはずです。 自分の感覚に耳を傾け、自分の考えを大切にすることは我侭ではありません。 心と頭の波長を合わせることが出来れば、決して涸れることのない泉をみつけたようなものです。 自分が成長するのです。   

No.12
まず行動に移そう
慣性の法則、静止している物体を動かすには、すでに動いているときよりもずっとたくさんのエネルギーが必要なのです。 つまり、行動を開始するというのは、一番難しいことなのです。
新しい行動を開始する時には、不安を感じることがあるでしょう。 自分の不安をしっかりと見つめ、それを克服できた時、自分が大きく成長するのです。 勇気を出して不安から逃げるのをやめて、小さい早い段階で直視すればずっと扱い易いのです。 不安がパニックに変わるまで放っておいてはいけません。 そうなれば不安が自分を支配するようになります。騎手になれ、馬になるなです。
人生にはリズムがある。 行動すべき時と、ただじっとしているべき時があります。 自然のリズムは活動と静観を往復します。 受動性が過剰なところでは決断力と活動を強調してやる必要があります。 でも、決して内省と静止を犠牲にしようというのではありません。
経験では自分に対して寛大であるべき時に厳しすぎ、厳しくあるべき時に寛大すぎるようです。 この落とし穴を避ける方法は自分自身を良く知るということです。   

No.13
いかにして幸運を掴むか
自分を見つめて、そこに一人の人間がいるのを知ってください。自分自身を定義しよう!表現しよう!考えを持とう!自分で自分に好感を持とう!。
先ず、小さな決断、小さな主張から始めましょう! 自分が戦っている相手は常に自分自身であると云うことを意識して下さい。
自分自身の為に考え、行動すれば、今まで気がつかなかった可能性や潜在力が見えてくる。自分の不安や疑問の扱い方がわかれば、勇気が出てきます。 そして、幸運を掴むことが出来るでしょう♪
最後にゲーテの詩でしめくくってみよう!
「あなたにできること、あなたの思いつくことがあったら、なんでも試してみることだ。大胆さのなかには、天才と力と魔法があるのだから」
さぁ、この瞬間から幸せを掴もう!!!