アメリカ大陸

デジカメ旅行記

  文と写 八十根好貴

   

   

    このコーナーは、不定期の更新によって継続します。面白いお話がたくさんあるのです

    が素材未整理のためとサラリーマンとしての本業が多忙のため、当分間不定期連載と

    致します。悪しからずご了承下さい。今回は第一話と第二話を同時にアップしています。

   

 

 

八十根好貴・アメリカ大陸横断図

日本サンフランシスコサンノゼ(シリコンバレー)ダラスニューヨーク

ワシントンニューヨークラスベガスロサンゼルス日本

 kouteihyo7-1.jpg (39460 バイト)

                 

 

  

第一話  アメリカへの旅立ち

    

   〜日本からサンフランシスコへ

 関西空港の税関を抜けると、そこは日本とは思えないほど国際色に溢

れ、まるで異人館に迷い込んだような気になった。アジア系、白人系、アラ

ブ系、様々な肌の色と、聞いたことない言葉が飛び交っていた。体育館を

何百も繋いだような巨大な建物には、出発ロビーまでの小さなケーブルカ

ーが設置されていて何往復もしている。その乗り物に乗ってサンフランシス

コ行きロビーに向かった。 いよいよ生まれて初めての外国旅行・アメリカへ

の旅立ちだ。午後6時03分離陸、窓の外を見ていると町の明かりが段々薄

くなっていく。日本としばしの別れと感傷的になった。 

 飛行機に違和感はなかったが、10時間近く乗るのには少し不安があっ

た。乗客は少なく隣の席も空いていて3列を一人占めして横になっていたら

出発前の準備の疲れからか、いつの間にか眠っていた。少しだけ・・・

 狭いところに押し込められた経験があまり無いので、飛行機のような箱の

中に閉じ込められた雰囲気はよくわからないが、このような所在無い時の

楽しみはやはり『給食』の時間である。これはいくつになっても変わらないだ

ろう。ここでは、飲み物は飲み放題、食事は2回と日常生活よりも充実したも

であった。お酒好きな人には、開放感の中で、この「飲み放題」の時間

過ごす事はたまらないだろう。飲むよりも酒席の雰囲気を楽しむ方の

れほど楽しいことも無かった。

日本を夕方飛び立ち、普通なら夜になるところだが、何時間経っても夜にな

らない。窓の外がだんだん明るくなってくる。変な気持ちだ。どうやら日付変

更線を越えているらしいと感じた。

    飛行中のトラブルなど全くなく、飛行機は、無事、アメリカ大陸へ近づいた。

大きな沼のような水溜りが見え、飛行機はすこしづつ下降し始めた。はるか

下のほうでは、飛行機が何機も空港に吸い込まれて行くのが見えた。しばら

く旋回し、同じ景色を見ているような気がしていたが、だんだんそれが大きく

なり、やがてゆっくりと降りて行った。さっき見えた沼は、実は大きな入り江

(湾)で、対岸までは10キロはあろかというほど、巨大なものだった。カリフォ

ルニアの透き通ったと、飛行機の位置がかなりの上空だったの私には

沼か水溜りに見えたようだ。

    飛行機を降りて、長い通路を抜け税関へと向かった。

    もうここはアメリカ。空港警備員の腰を見て、実感が湧いた。

 税関検査を終了し、空港ロビーへ向かった。市内まで10キロぐらいあるた

め何か乗り物に乗らなければならない。日本ように、地下鉄は乗り入れて

ないらしく、レンタカーかタクシーを選ばなければならなかった。私は、ガイド

ブックに載っていた「乗合タクシー」に乗ることにした。日本では認められてい

ないのか、この種のタクシーは見たことがないが、なかなか低料金で安全で

便利さを感じた。システムは簡単で、同じ方向に向かう客が乗り合わせてそ

れぞれのホテルへ向かう。唯一、運転手の喋る言葉が早すぎて聞き取りにく

いのが難点だったが、とても親切で、サンフランシスコの町を運転しながら案

内してくれた。私はネイティブ英語をほとんど理解できなかった。

 途中、サンフランシスコジャイアンツの本拠地、パシフィックベルパークを通

り、30分ぐらいでホテルに到着した。

    運転手は、ホテルに着くとすぐ降りて、私の荷物をロビーまで運んでくれた。

   無論、些少のチップを渡した。(教科書通りの額)

                                       urashima5-85.jpg (16288 バイト)

鉄塔の下には「ホモ」の町があると聞いた

 

    第二話  アメリカという国

    〜サンフランシスコにて

  ホテルに着いて、私は驚いた。というより愕然としたというほう

が正しい表現なのだろう。日本でホテルを予約したときは、100

ル前後の中級ホテルを・・・・ということであった。日本円で15,000

ぐらいなので、かなり期待していた。ところが、尋ねた場所に建っ

ていたホテルは、外観からして、何回も塗装を塗りなおした古いお

んぼろオフィスビルの感じで、中に入るとロビーらしきスペースが

あり、小さなカウンターが目に入った。そこには、全く愛想のない

年齢不詳のアジア系と思しき女性が座っていて、私が入って行くと

「何しに来たのか」と言わんばかりの態度で、頭のてっぺんから足

の先までジロジロと品定めをされ、その挙句にそっぽを向くという

不気味な雰囲気で迎え入れられた。お国が違うのだからサービスも

こんなものかと無理に納得し日本から持ってきたクーポンを見せる

と、彼女は早口で何か言ってメモのような伝票とキーをカウンター

の上にポンと置いた。紙には314と書かれていたので、3階の部

屋だと理解できた。とても古い型のエレベータ(と言ってもこのよ

うな型のエレベータは日本にはない)に乗って3階に上がった。

  昔、何処かで聞いたことがあるような懐かしい機械音と到着を知

らせる原始的なベル音が鳴り終わり、衝撃とともに扉が開いた。外

に出ようとして足がすくんだ。なんと、床より30p下にエレベータ

は止まっていた。このままロープが切れて、下に落ちるのではない

かという恐怖に襲われ、手に持ったたくさんの荷物をひっくり返し

ながら30pの段差があるエレベータを降りた。というより脱出した

と言った方が正しいだろう。エレベータを降りて314号室はすぐに

見つかった。しかし、中に入ってがっかり。部屋は狭く、中の家具

や寝具はとても古いもので、セイフティボックスは壊れていた。こ

れでは、日本のカプセルホテテルよりも落ちる設備だ。窓から見る

景色は「夢のカリフォルニア」からほど遠く、風に揺れるる木の枝

と、狭い路地裏の道を歩いている見知らぬ外人たちだった。

 話が長くなったが、私の勤務する企業グループにもホテルがあり

ホテルのサービスについてある程度の知識はある積もりだったが、

彼我の落差の酷さを見せ付けられた。これが私の愕然とした理由で

ある。このように、今まで経験したことのない出来事が一度に、し

かも短時間に重なり、私の不安と不満は大爆発した。  (つづく)

urashima5-12.jpg (46686 バイト)

アメリカでの最初の夜を過ごしたホテル(前述のホテルではない)

 

 

ジャンプ台

ご覧になりたいコーナーをクリックして下さい

 Toppage(INDEX)
寄木細工の旅日記
響け! 人生の詩