| 駅長が普段から思っている事、口にしたいが直接は出来ない事などをコラム仕立てで書いていきます。まあ、みなさん読んでやってくだされ! |
| 開始前口上 | 映画館でのマナー | コミュニケーヨンとは? | 少年犯罪について | 喫煙者を見て思うこと |
| 続・少年犯罪について | 東京ER計画 | |||
| いざ、つぶやきと銘打ってコラムなんぞを書き初めてみたけど、色々と書きたいことはあるはずなのに、上手く書けない。 「頭で思っている事でも、文章にするのはまた違うものだな」と実感する。 他人に自分の考えている事を伝えるとは、かくも難しいことなのだ。表面的で、客観的なことを伝えることにも四苦八苦しているのに、主観的なことを上手に伝えられることが出来るのであろうか? 今から心配だ。 と、まあおかしな前口上となってしまったが、このコーナー、お付き合いくだされ! 2000/ 4/ 1 |
| このHPを御覧になればわかると思うが、私は無類の映画好きであり、ちょくちょく映画館にも足を運ぶ。そして、行くたびに映画館でのマナーについて考える。今回は、そんな話をしたいと思う。 まず、集団でやってくる人たちというのは、大抵やかましい。無論、集団来場者の全てというわけではない。「会話をするな!」とは言わないが、もう少し静かにできないのだろうか? 小さな声で、会話をしていても、会話が弾むにつれて、徐々に声が大きくなってしまう。もうすこし周囲に気をくばるという事を考えて欲しいものだ。また、照明が落ち、上映(CM、予告)が開始されても、まだ大声で会話しているのだからたまらない。私は予告も楽しむタイプなので、さらに腹立たしいわけだ。皆さんも大勢で行くときは、注意してもらいたい。 次に、40代くらいのサラリーマン風の人たち。ヒマつぶしであったりするのかもしれないが、「イビキをかいて寝るな!」と言いたい。つまらない作品かもしれないが、イビキはたまらない。また、こんな人がいた。椅子に浅く腰掛けて、足を前の席の背もたれの間に投げ出していたのだ。場内が空いているのならばまだ許せるのだが、その時は前の席に人がいたのだ。前の席の人(女性)は、終映後かなり怒っている様子だった。たまらなかっただろう。「今の若い者は…」とはよく聞いたもの。「人のふり見て、我がふり直せ」とは、若い人たちが、こういった大人達に言うべき言葉ではないだろうか。 私は、これらは悪いマナーの例だと思うのだが。どうであろうか? 映画館でのマナーについて、何か意見がある人、他にもこんなマナーの悪い人がいたよという話など、ぜひメールを送ってもらいたいと思う。もちろん、この話の反論でもOK。 2000/ 4/ 8/ |
| 現代は「コミュニケーション不足の時代」とか言われる事がある。これは、老若男女問わずに当てはまることのようだ。「不足」とは、一体どういうことなのだろうか? それを何となく実感出来るのは、もう2年以上やっているコンビニでのアルバイト中だ。今回は、そんな話をしたいと思う。 レジで、店員に「こちら温めますか?」と訪ねられる事があると思う。そんな時、皆さんは、どうリアクションしますか? ちなみに私は「はい、お願いします」とか、「いいえ、結構です」と答える。まあ、コンビニでバイトをするようになり、店員の気持ちがわかるようになり、気をつかってるから、このような丁寧な答え方になっているのだが。多くの人は、「はい」、「いや」と答えるのではないだろうか? しかし、首だけで答える人も多いのだ。はっきりいって、これは店員に嫌がられる行動だ。何故、言葉で答えられないのだろうか? たった一言「はい」、「いいえ」と答えるだけなのに。この事を感じているのは、私だけではない。バイトの同僚も、「喋らない人が多い。どうしてかな?」と言っていた。 他の例としては、レジに店員がいない時の客の対応もあげられる。品だしやら、陳列直しやらで、不在になっている時、ジーっと待ってる客が多い。なるべくレジを気にしてはいるのだが、やはり、しばらく気が付かないこともある。そんな時、黙って待っていられると、内心「呼べよ!」と思う。これも、「レジお願いします」とか「すいません」って一言言えば済むことだ。別に恥ずかしいことでもなんでもない。 こういった、ささやかなコミュニケーションを積み重ねる事は大切ではないだろうか? やや店員のグチのようになってしまったが、皆さんも、買い物時の自分を振り返ってみて欲しい。あなたは、コミュニケーションとれてますか? 2000/ 4/30/ |
| 最近ものすごく世紀末ということを実感する。特に、多発している少年犯罪の報道を見ると。 勿論犯罪に善し悪しなどない。だが、大人もビックリ、過去の犯罪もビックリの凄惨な事件は、間違いなく“悪”であろう。まあ、ニュースやワイドショーはセンセーショナルな話題を先ず報道する傾向があるので、少年犯罪の全てが、という訳ではないが。 「殺してみたかった」という理由だけで、主婦を殺した少年。その事件の報道を聞いて「先を越された」とバスジャックした少年。女性の耳たぶを切り落とすという凄惨なリンチを行った2人の少女。そして、警察の対応が大問題となったリンリ殺人。どれも、あらゆる意味で想像を絶する事件である。 こういった事件に限ったことではないのだが、ここ数年の傾向を見て思うに、共通して挙げられるのは、関係の喪失ということだ。例えば殺人事件、9割以上は被害者と加害者に何らかの関係があった。つまり、被害者についての捜査を続けていれば、必ず加害者にぶつかったものだ。それが無くなってきた訳だ。 そして、動機の不鮮明さがある。不鮮明な動機というは、動機らしからぬ動機ということだ。普通「殺してみたかった」と思って、実行するであろうか? 「殺してやりたい」と思うことは無いわけでは無いと思う。そう感じた時は、相手は特定の人間である。しかし、最近の事件では、被害者は特定の人間ではなく、あくまでもたまたま選ばれたにすぎない。殺すことが動機だからだ。リンチについても同じ事がいえる。リンチをする程憎んでいたという訳ではなかったようだ。 私だけでなく、多くの人々が怒りを感じているに違いないこのような事件。また後に改めてここに記載したいと思う。 2000/ 6/ 11/ |
| 実をいうと私は、「世界煙草撲滅協会」の副会長をやっている。といっても、大袈裟な組織ではない。大学時代、煙草の大嫌いな友人と2人で煙草や喫煙者についてのグチを言い合う、というものだった。昔から思っていたことがたくさんある。ここで、改めて書き起こしてみたいと思う。 喫煙者について一言でいうと、マナーが悪いということだ。愛煙家と呼ばれている人や、マナーの良い人には申し訳ない。マナーの悪い喫煙者は一部だとは思うのだが、その一部が全体のイメージになってしまうことがあるということを、理解していただきたい。 いくつか例を挙げていきたいと思う。まあ、歩き煙草はまあ許そう。そこまでは、とやかく言う必要はないので。しかし、ポイ捨ては許せない。中には、携帯用の灰皿を利用している人もいる。だが、残念ながら少数である。外で吸うのがわかっているのだから、持つべきだと思う。しかし現実は、持たずにポイ捨てする人が圧倒的に多いのだ。そこで、登場したのが、交差点などに設置された灰皿付きのゴミ箱だ。まだ全国レベルでは普及してはいないが、最近は随分増えてきた。東京を歩いているとよく見かける。利用している人もよく見かける。 先日、交差点で煙草を吸う人を見かけた。見ていると、交差点を渡ったところで、捨てたのだ。目の前には灰皿があるにもかかわらず。このようなものは、バイト中にも見ることがある。店の前に灰皿があるにもかかわらず、ポイ捨てする光景を。 これは一体どういう事なのだろうか? “灰皿がないからポイ捨てをする”というのなら、まだ許そう(勿論、許せないことなのだが)。こういうことではないだろうか。「喫煙者はポイ捨てをする事がかっこいいこと」だと思いこんでいるのだ。反論もあろうが、残念ながら事実と言わざるを得ない。 かなり毒のある話だったと思う。自分自身が喫煙者ではないし、むしろ嫌いであるから、あまり客観的に見てはいないかもしれない。しかし、注意して喫煙者を見て、ここに書いたような事を感じてもらいたい。 他にも書きたい事があるが、またの機会にしたいと思う。 2000/ 7/ 23/ |
| 当初の予定では、ここでは自分なりに、少年犯罪に対しての方策などについて書くつもりだった。方策といっても、犯罪を防ぐ手段という意味ではないのだが。 しかし、再び凄惨で残虐な事件が15歳、高校1年の少年の手により起こされてしまった。それは、“一家6人をメッタ刺し”というものだった。それにより3人が死亡、3人が重傷という大惨事になってしまった。 ここまでは今までの似た事件と大差はない。しかし、その後の少年の行動が、それまでの犯人たちと決定的に違うように思える。警察に連絡出来ないようにするために電話線を抜き、証拠隠滅のためガソリンをまいて放火をしようとしたのだ。今までのケースでは衝動的な犯行が多かった。しかし、今回は計画的な犯行だったと思わざるを得ない。心身喪失のような状態ではないことが分かる。 その犯行の動機は、「風呂を覗いたと疑われ、その後無視されるようになったから」というものだった。この動機が果たして、殺人の動機に成りうるのだろうか? 少年の心の内はわからない。が、もともと存在していた心の闇の部分になんらかの影響を与えたのだろうと、想像できる。その後の調べで、イジメにあってたらしいという報告もある。これが心の闇であろうか? また、こういった事件が起こると必ず取りだたされるのは、メディアの影響だ。ゲームや映画が犯行に駆り立てた、という可能性である。今回も犯行直前にホラー映画を見ていたとの話がある。それからの影響についての調べが進んでいる。こういった時思うのは、メディアのせいだけにするなという事だ。それが直接犯行に至らせたとは思えない。メディアのあり方が問題なのではない。少年の周囲のさまざまな環境の方が問題なのだ。しかし、現実と虚構の違いがわからなくなってしまっているのも事実だ。その辺にも勘違い男や女がうろうろしてるだろう。 希薄になっている現代の人間関係、それでいて複雑になっているのも事実だ。家族関係でさえも一言で言い表すことが出来なくなっている。子供部屋が当たり前に存在する現代の家庭。会話のない関係。そういった社会変化の影響を考えるべきだ。社会に女性が進出していても、男性社会である事に変わりはない。家庭での父親の不在という影響は大きいように思える。家族に父親はいても、家庭にはいないのだ。 2000/ 8/ 20/ |
| 何ヶ月か前のこと、TVで「東京ER計画」なるものを知った。これは、東京都内の特定の病院で“24時間体制で治療できるようにする”というものである。その計画名からもわかるように、TVドラマ『ER』をそのまま現実で行おうというものである。もっとも、アメリカなどでは当たり前の医療体制ではあるが。ようやく日本でも新しい医療体制が生まれようとしている。 治療といっても、その殆どが軽い治療となる。体に不調を感じた人は、まずこのERへと行く。そこで、医者に診てもらいその場で治療出来るようならそこで治療が行われる。もしも、症状が重い場合は、それぞれの専門医に回されるわけだ。 ERに勤務する医師たちには、ある程度総合的な能力が求められてくる。勿論、それぞれの専門医たちも参加するのであろうが、あくまでもERをカバーするといった程度であろう。 問題もある。それは、勤務激化という事である。ただでさえ医者というのは忙しく、激しい仕事である。そこに24時間体制でのERが加わるとなると、想像を絶する勤務となる事は目に見えている。 この問題を解決するためには、医者を増やすという事が考えられる。しかし、医者には並大抵の努力ではなれない。個々の医療水準を下げる訳にはいかないので、簡単に医者を増やす事は出来ない。しかも、ある程度総合的な能力を身につけるためには、一層の努力が必要となる事は目に見えている。 現状のまま、この計画が実行された場合、せっかくのERもムダに終わってしまう可能性もある。医者の育成システムの変革も同時に行っていかなければならないのだ。しかし、この点はいくら東京とはいえ、一地方自治体だけでどうこう出来る問題ではない。国全体を巻き込む必要があるのだ。 さらなる問題もある。それは、医療ミスの問題である。ここ数年、医療ミスのニュースが多くなったと感じるのは私だけではないはずだ。ニュースになるのは、深刻な医療ミスだけであろうし、隠されているものもまだまだあると思われる。勤務が激化されれば、医療ミスも当然起こってくる。重大な問題と言わざるを得ない。 画期的な医療システムの実現は目前である。しかし、将来起こりうる問題に対しての対策はどうなっているのであろうか? 日本全体の医療を変えるであろう東京ER計画。ぜひとも成功してもらいたいものだ。 2000/ 9/ 17/ |
