
● 「お釈迦さま」と言えば先ずなにを思い浮かべるでしょう?
インドでお生まれになり仏教をひろめられ、多くの人達の「心」の支えとなってこられた。と即座に思い浮かべることでしょう。他に皆さんが思い浮かぶことが有れば教えてください。● お釈迦様の名称のゆらい
紀元5・6世紀、今のインドとネパールの国境付近でシャカ族の小さな国があり、お釈迦さまは、その国の王子として生まれました。
「釈迦」というのは、民族の名称で、民族の誇りとして「釈尊」とたたえたのです。正式には皆さんも一度はお耳に入れられたことがあると思いますが、「釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)」の事なのです。牟尼仏というのは、「悟られた人」ということです。● お釈迦さまの誕生伝説
釈尊(王子)は、天上より白象に乗りお生まれになったといわれ「天上天下唯我独尊三界は苦なり、吾まさにこれれを安んずべし」と言いお生まれになるとすぐに7歩あゆまれたと伝えられています。今も「花まつり」に甘茶をかけることが広く伝わっているのは,釈尊の誕生を共に喜びを分かち合い,お祝いをする仏教行事で,産湯をそそぐならわしとして伝わっているのです。● お釈迦さまの出家と「四門出遊(しもんしゅつゆう)」
思慮深い釈尊(王子)は、すくすく育ち、やがて成人しご婦人をめとられ子供にも恵まれましたが、城外に出て遊びに行こうと東西南北のどの門から外へ出ても多くの民衆がそれぞれに悩みを抱えて生きていることを知りました。全ての人が「生老病死」つまり病気で苦しんでいる人。貧しさのために苦しんでいる人。富める人も心が満たされず苦しみ、また老いや死ぬことの恐れを背負い生きている人たちの姿をみるたびに,「人間の無常さ」、つまり「はかなさ」を感じていたのです。
29歳の時。何もかも捨て城から出て「出家」する決心をした釈尊は多くの人たちが苦しみ悩む心を「やすらぎ」へと導くため、「真理の道を求め」仙人の下で5人の仲間とともに厳しい修行に励んだが「さとる」ことができず、汚れきった身体を清めなおし、また衰弱しっきった体力も回復させました。● お釈迦さまは「さとられました」
その後、釈尊は大きな菩提樹の下で「さとり」の境地を得るまで座をたたず「真理」を求め瞑想することを決心しました。心の中に広がる妄想や誘惑にも負けず頑張りとおし8日目の朝焼けの時、ついに「さとり」ををえて、仏陀(聖者)となられました。 この時35歳です。かっての苦しい修行を共にした5人のいる鹿野苑(ろくやおん)ヘ行き、初めて説法を説かれました。
この事を「初転法輪(しょてんほうりん)」といいます。皆さんもお寺へ行き歯車のような輪を回された事があると思いますが、輪を回すことにより釈尊の教えを授かると言うことで、この輪は,仏陀の象徴なのです。● お釈迦さまの「教え」について
釈尊は、コーサラ国やマガダ国などへも出向き説法してまわり、貧富などの差別なくみな平等に真理へと導かれたので,それが民衆に受け入られて仏教がとても栄えました。
そこで「真理」とは、と尋ねられると非常に難しいのですが、「何時いかなる時代に於いても,また特定の人だけでなく、全ての人々が正しいと認めること。もしくは法則。」だと私は解釈しているのですが、良い答えがあれば教えてください。
また「真理の探究」をなさっておられる人達が宗教家とも言えるのではないでしょうか。
では釈尊はどのように「真理」の説法をなさったのでしょうか。この説明は少し長くなるのでまたの機会にさせていただきます。