私の日記です

久方ぶりの更新
更新しなかった2〜3月は、とんでもないプロレス・格闘技月間だった。ザっと挙げてみても・・・やめておこう。各大会についていろいろ言いたい事はあるけれど、タマには違う事を言いたい。

私は基本的に本を読まない。いや、正確には“活字消費量”は人並みかそれ以上だとは思う。ただ、消費する活字が独特の・・・というか、しょ〜もないものばかりなのである。格闘技関連の書物やマガジン、スポーツの記録やエッセイ、犯罪ノンフィクション、映画のウンチクなど、なんとなくリアルで、資料的なものばかり読んでいる。勿論小説が嫌いなわけではない。どちらかと言えば好きかもしれない。比較的肩の凝らない類の小説、内田康夫の推理小説とか、高橋克彦の時代小説とか、そういうのであれば読まない事もない。ただ、もって生まれた性格なのか一気に読み切らないと気分が悪いので、手にとることは少ない。
そんな私であるが、たまぁに買う小説は結構“当たり”が多い。新聞や雑誌の書評を見る訳でもなく、もっぱらCDでいうところの「ジャケ買い」なのだが、これがまた当たる・・・と自分では思う。

さて、前置きが長くなったが、先日重松清の「半パンデイズ」という小説を読んだ。重松清という作家は初めてではなく、2年ぐらい前だろうか(1年前かも?)氏の「定年ゴジラ」という小説を偶然手に取り、一気に読みほして大好きになった作者である。長いブランクを置いてこの度2冊目を読んだ次第である。ファンになったのに何故今まで2冊目を読まなかったのか?本好きな方々には到底理解不能であろうが、本を読まない人間というのはそういうモノである。

「半パンデイズ」を読んで、なんなんだろう?じわ〜っと、そしてじ〜んと、切なくなった。この歳(34)にもなって、スタれた私にまだこの様な感情が残っていた事にまず驚いたんだけど(笑)。時代は1970年代。主人公は東京から父親の故郷に引っ越してきて、そこで小学校の6年間を過ごす事になった男の子である。その少年の引っ越してきた日から、中学校になるまでの物語である。少年の置かれた境遇や心のうちなど、また、年代的にも自分に重なる事が多く、いちいち懐かしく、そして単なる回顧的な感傷でもなく、何となく今の自分を見直したくなるような、だけどやっぱり過ぎ去った当時を懐かしむような、そんな小説だった。

偉そうに「主人公は自分と重なる」なんて書いたが、おそらくこの小説を読んだ、特に30台中〜後半の男性の読者のほとんどが同じ事を感じているんだと思う。たいがいこういう事を勘違いした人間がストーカーとかなる訳で(笑)。ただ、都会から田舎に引っ越した事、そこで小学校から過ごし始めた事、一人っ子の3人家族だった事、都会の幼稚園ではガキ大将だったけど田舎に来てみたら“ジャイアン”がいた事、その人間と小学校時代を通じて張り合った事、硬派に憧れた事、引っ越してきた当初はとても綺麗な言葉使い(親・談)だったのに、卒業する頃にはすっかり方言全開になっていた事、学級委員やったり、いざという時意気地がなかったり、でも(ほとんど衝動的に)やる時はやったり・・・けっこうマジに(俺を参考にしたのか?)なんて勘違いを起こしかけてしまった(笑)。

別に勘違いを起こそうが何しようが勝手だけれど勘違いを起こしてはいけないのは、小説は小学校が終わるところで終了であり、主人公も当然今ごろ38歳のおっさんな訳だし、私も中学、高校、浪人、大学・・・今の自分がいるって事だ。人間全て、こういう時代を過してきて今があるんだよね。

何はともあれ、こんなに素直に自分を振り返ったのは久しぶりだった。
2003年3月17日 20時31分29秒


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