GENDER INFORMATION


ジェンダー・インフォーメーション


ー(男女共同参画社会への情報)ー




従来私のホームページでは、女性計画の項目を母子福祉の中で取り扱ってきたが、国連では2000年6月5日〜10日ニューヨークの国連本部で「女性2000年会議」が国連の特別総会として開催されたし、国内では平成11年6月、
「男女共同参画社会基本法」が制定された。大分県でも「おおいた女性プラン21」を作成して行動。佐伯市でも「輝きながら21佐伯女性計画」の冊子を発行、佐伯女性計画推進懇話会の行動を積み上げている。県下の行動はいずれも2000年に向けての行動であった。21世紀のgender行動は基本法を軸に計画されねばならないと思う。この項目はその意味で基本的に位置づけ情報発信したい。文字通りジェンダー・インホーメーションである。
平成11年5月27日、総理府の諮問機関である「男女共同参画審議会」の会長岩男寿美子氏から内閣総理大臣宛に女性に対する暴力のない社会を目指して(答申)が答申された。
平成12年12月には「男女共同参画社会基本計画」が策定された。
世界の人々が女性問題に目覚めて行動を起こした第1回国際婦人年は1975年だったので、もう25年が過ぎようとしている。
平成13年から毎年6月23日〜29日までの1週間を「男女共同参画週間」として実施することとなり、同年4月13日「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」が公布された。 最近の総選挙で女性議員が全議員数の半数を越える政党が出現したし、内閣には5人の女性閣僚が誕生した。期待するや切である。


国内行動計画の変遷

(総理府資料より)


国内行動計画策定の推移
国際社会の動向
昭和50年7月
(1975)
国際婦人年世界会議〔第1回〕

「世界行動計画」

(1975〜85年)
52年1月
(1977)

「国内行動計画」


計画期間:今後10年間(昭52〜61)
55年7月
(1980)
「国連婦人の十年」中間年世界会議〔第2回〕

「国連婦人の十年後半期行動プログラム」(1980〜85年)

56年5月
(1981)

「婦人に関する施策の推進のための「国内行動計画」後期重点目標」


(昭和56〜61)
60年7月
(1985)
「国連婦人の十年」ナイロビ世界会議〔第3回〕

「婦人の地位向上のためのナイロビ将来戦略」(1986〜2000年)

62年5月
(1987)

「西暦2000年に向けての新国内行動計画」


基本的施策:62〜75(平成12)年度
具体的施策:62〜65(平成2)年度
平成2年5月
(1990)
国連経済社会理事会

「婦人の地位向上のためのナイロビ将来戦略に関する第1回見直しと評価に伴う勧告及び結論」(〜2000年)

3年5月
(1991)

「西暦2000年に向けての新国内行動計画(第一次改定)」


基本的施策:昭和62〜平成12年度
具体的施策:平成3〜7年度
7年9月
(1995)
第4回世界女性会議

「北京宣言及び行動綱領」(〜2000年)

8年12月
(1996)

「男女共同参画2000年プラン」


施策の基本的方向:21世紀初頭
具体的施策:平成12年度まで








私は従来から全ての差別のうち女性差別ほど大きな差別は無いと主張してきた。戦後家族制度が崩壊して男も女も平等になった筈なのに、家庭でも職場でも無意識のうちに差別や役割意識が顔をだし、セクシュアルハラスメントなどの問題は解消できない。佐伯市の女性計画は平成3年から準備に入り、同4年には計画内容が答申され5月に「輝きながら21佐伯市女性計画」と銘うった冊子が刊行された。当時は男性が強く発言すれば、フエミニストなどと異常性格者呼ばわりだった。少なくともノ−マライゼ−ション社会が実現し、健常者と女性や子供や障害者や老人などすべての弱者が当然のこととして共存し共生できる社会を家庭や地域で創出したいものだ。佐伯市の女性計画も少しだけだが確実に推進されている。せめて役人と議員の数が半々に近づくまで、頑張って欲しい。


21世紀では女性がにならない社会を構築しよう


社会の最小単位は家庭です。男女共同参画の基本は家庭から



佐伯市の若干の経緯







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えがりて(男女共同参画推進本部ニュース)


男女共同参画の社会づくり(大分県)