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明 智 塚
明智塚

京都市東山区白川通三条下る
 (市バス「知恩院前」停留所から徒歩約7分)
 天正10(1582)年、本能寺にいた主君の織田信長を急襲した明智光秀は、後の山崎の戦いで、羽柴秀吉(豊臣秀吉)に敗れ、近江の坂本城へ逃れる途中、小栗栖の竹薮で農民に襲われて自刃、最後を遂げたと言われている。
 家来が、光秀の首を落とし、知恩院の近くまで来たが、夜が明けたため、この地に首を埋めたと伝えられている。

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