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明 智 藪
明智藪

京都市伏見区小栗栖
 (市バス「北谷町」停留所から徒歩約8分)
 近江坂本城主明智光秀は、天正10(1582)年6月2日早朝、中国地方へ出陣のため上洛していた織田信長を本能寺に襲撃して自刃させた。本能寺の変である。その後、光秀は、6月13日、山崎の合戦で秀吉軍に敗れ、近臣10数名とともに暗夜に乗じて坂本城を目指したが、途中小栗栖の付近にさしかかったところを信長の近臣小栗栖館の武士集団飯田一党の襲撃により、あえない最後を遂げたと言われている。
 この明智藪は、今日に至るまで戦国武将明智光秀の終焉の地として伝えられており、現在は西側にある本経寺の寺領となっている。

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