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芭 蕉 堂
芭蕉堂

京都市東山区円山公園南
 (市バス「祇園石段下」停留所から徒歩約10分)


 この堂は、江戸時代中期、俳聖松雄芭蕉をしのぶため、芭蕉にゆかりの深いこの地に加賀の俳人高桑蘭更が営んだのが始まり。
 鎌倉時代の初め、諸国を旅して自然を友とした西行が、この地に阿弥陀房を訪ねている。芭蕉は、この西行を心の師とし西行を慕って旅の生涯を送ったが、この地で
   しばの戸の 月やそのまま あみだ坊
の一句を詠んだ。

俳人高桑蘭更(享保11(1726)〜寛政10(1798))
 加賀金沢(石川県金沢市)に生まれる。生家は屋号釣瓶屋という商家。本名忠保(または正保)、通 称は長次郎。
 俳諧(はいかい)を和田希因に学ぶが飽き足らず、蕉風復帰を志す。家職を捨て京都に移住し医者をする傍ら、許六刀芭蕉像を安置する芭蕉堂を営む。芭蕉の高雅を敬慕し、世人の関心を元禄俳壇に向けさせ、芭蕉関係の俳書を翻刻、注釈するなど功績をあげた。


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