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御 所 (京都御苑)
御所(京都御苑)

京都市上京区
  (地下鉄「丸太町」又は「今出川」駅下車)

 京都市内の中心にあって、深い緑に包まれた京都御苑は、南北約1,300m、東西約700mの長方形をしており、御所などを除いた約65haが「国民公園」として、京都市民に利用されている。
京都御苑には、外周に9門の出入り口がある。
 京都御苑の中には、一般立入禁止されている京都御所、大宮御所、仙洞御所があり、皇宮護衛官が護衛している。
京都御所正面の「建礼院門」である。よくTVドラマなどで放映される御所は、この門である。
 京都御苑内は、砂利の道と芝生で市民の憩いの場としても利用されている。
拾翠亭

 京都御苑内の南西隅にある九条家の茶室。
 昔、九条家の邸宅があったが、今は、茶室だけが残っている。
厳島神社

 京都御苑内の南側にある神社。
 平清盛が母祇園女御のため、厳島神社の神を祀ったのが始まり。
 社前の石鳥居は、笠木が唐破風で、京都の三珍鳥居の一つと言われている。
蛤御門

 元治元(1864)年、この門の周辺で長州藩と御所の護衛に当たっていた会津・薩摩藩との間で激戦が行われた。この戦いが「蛤御門の変(禁門の変)」である。
 
 この門は、新在家の門と言われていたが、宝永の大火(1708年)の際、それまで閉ざされていた門が初めて開かれたため、「焼けて口開く蛤」にたとえて、蛤御門と呼ばれるようになったと言われている。
蛤御門の変の際の鉄砲の玉傷が残っている。
県井戸(あがたのいど)

 御苑内の西に県井戸がある。
 この付近は、元一条家の屋敷があったところで、この県井戸は、昭憲皇太后の産湯に用いられたと伝えられており、古くから落葉の名水とされている。
 昔は、この井戸のそばに県宮があって地方官吏に任命されたいと願う人々が、井戸で身を清め、この宮に祈願してから参内したと言われている。
猿ケ辻

 京都御所の北東角にある。

 文久3(1863)年5月、当時の公家で攘夷派の急先鋒の一人であった姉小路公知が、この付近で暗殺されたのが、「猿ケ辻の変」である。
 京都御所の築地塀が折れ曲がった部分の屋根裏に1匹の木彫りの猿が見られる。猿ケ辻の名前はここから名付けられた。
 烏帽子をかぶり御幣をかついだこの猿は、御所の鬼門を守る日吉山王神社の使者であるが、夜になるとこの付近をうろつき、イタズラをしたため、金網を張って閉じ込められたと言われている。
明治天皇生誕の地

 御苑内の北にある。
明治天皇(1852〜1912)

 父は孝明天皇、母は中山慶子。名を睦仁という。
 慶応3(1867)年、16歳で即位、江戸を東京と改め、旧江戸城を皇居とした。
 五ヶ条の誓文(1868)、教育勅語(1890)を発布。軍人勅語(1881)、大日本帝国憲法(1889)、皇室典範(1889)を制定した。

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