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伏見奉行所跡
京都市伏見区西奉行町
(近鉄「桃山御陵」駅から徒歩8分) |
伏見奉行所は、慶長5(1600)年に創設されたが、実際は寛文6(1666)年水野石見守忠貞(1597〜1670)が伏見支配に専念するようになったのが最初である。与力10騎、同心50人が属し、伏見市街と周辺8カ村(享保以降9カ村)を支配した。慶応3(1867)年廃止。
慶応4(1868)年正月3日の鳥羽伏見戦では、幕府軍は会津藩を主とした1,500人が伏見奉行所等に入り、御香宮に陣を張った薩摩藩将兵800人の官軍と対峙した。激しい戦いとなり伏見奉行所は灰燼に帰した。この石標は伏見奉行所の跡を示すものである。 |
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