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新撰組の壬生屯所
壬生屯所

京都市下京区坊城通四条下る
 (阪急電車「大宮」駅から徒歩約7分)
 幕末の頃、京都の浪士取締りや治安維持に活躍した新撰組の宿所があったところである。
 文久3(1863)年春、将軍家茂の上洛警護のため、清河八郎の率いる浪士組が入洛したが、その宿舎の一つとして使われていたのが、当時の壬生郷の郷士宅であった屋敷である。浪士組は、在京20日余りで、再び江戸に戻ったが、当所に分宿していた芹沢 鴨、新見 錦、近藤 勇、土方歳三らは、引き続き、京都の警護のため残留し、京都守護職松平容保の支配に属して、「新撰組」と名乗った。
 当初、新撰組は、八木家に「新撰組宿所」の標札を掲げ、隊員はわずか10数名で発足したが、次第に増加し、付近の農家にも分宿した。以後、市中の治安維持に努め、元治元(1864)年の池田屋事件で、一躍その名を轟かせた。
 翌、慶応元(1865)年4月、屯所は、西本願寺に移された。

 この八木家は、昭和58年6月1日、京都市指定有形文化財に指定された。

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