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応仁永正戦跡舟岡山
応仁永正戦跡舟岡山

京都市北区紫野北舟岡町
    (千本通北大路下る)
 (市バス「千本北大路」停留所から徒歩約3分)
 京都の西北隅に優美な姿を横たえる舟岡山は、平安時代には数々の祭祀が行なわれ、遊宴の岡でもあった。
 しかし、中世後期には、戦略の要地として、この岡をめぐる攻防戦が戦われた。
 その一つは、応仁の乱に際してである。
 西軍の大内政弘、山名教之らがここに布陣して小競り合いが続き、応仁2(1468)年9月には西軍が三方から攻撃して攻め落とした。
 二つ目は、戦国時代、足利将軍家と細川家の内紛に際してである。
 永正8(1511)年8月、一旦、丹波に逃れていた将軍足利義尹が細川高国らとこの岡に細川澄元、細川政賢を攻め、京都を奪還した。
舟岡山の頂上
 舟岡山の頂上は、公園になっている。
舟岡山から見た京都市内

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