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坂上田村麻呂の墓
坂上田村麻呂の墓

 京都市山科区勧修寺東栗栖野町
    (JR山科駅から車で約15分)

坂上田村麻呂の墓は、児童公園の中にある。まわりは住宅街である。
 坂上田村麻呂は、延暦20(801)年、当時の日本では大きな問題となっていた蝦夷地を平定するため征夷大将軍に任命され遠く陸奥に出兵し、これを治めて大変な功績を挙げた。
 京都にあっても、弘仁元(810)年の「薬子の乱」などに活躍し、官職は右近衛大将にまでなった。
 54歳で死去。この地で葬儀が営まれ、嵯峨天皇の勅によって、鎧、兜、弓矢、刀を付け平安京に向かって立ったまま葬られた。
 仏教の信仰も深く、清水寺を創建したことも有名である。
 この墓地は、明治28年、平安遷都1100年祭に際し、整備されたものである。
 

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