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渡 月 橋
渡月橋

京都市右京区嵐山
 (京福電車「嵐山」駅から徒歩約2分)
 大堰川に架かる橋。嵐橋とも呼ばれ、古くは平安時代初期の承和3(836)年に空海の弟子道昌が大堰川を改修した折りに架橋されたものだと言われている。
 道昌は、太秦広隆寺の最高に尽力した人で、松尾山麓の木上山葛井寺に参籠して虚空蔵菩薩像を刻み、これを寺の本尊として安置し、法輪寺と改名した。橋は、この法輪寺に因んで、法輪寺橋、又は法輪橋、御幸橋と呼ばれ、当時は朱塗りの華麗な橋であったと伝えられている。
 渡月橋の呼称は、亀山天皇が曇りのない夜空に月がさながら橋を渡るような様を見て、「くまなき月の渡るに似る」と感想を漏らしたことに由来すると言われている。
 この橋は、大堰川の氾濫や応仁の乱などの戦禍による橋梁の決壊を幾度となく繰り返し、浮き橋が架設されたこともあった。その頃の橋は、現在地より100メートルほど上流にあったと伝えられている。その後、江戸時代初期の慶長11(1606)年に、角倉了以によって現在地に架橋されたが、その後も氾濫による決壊が何度もあった。橋のない時には、渡し船による渡河という方法もとられた模様である。
 現代の橋は、昭和9(1934)年に作られたものである。

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