「この国で見る夕日もこれが最後かなぁ…。」
         すみれ色の空はジョーの旅立ちを祝う。
        「どうしても行くのかい?」
         ジョーの細いあごの輪郭が際立つ。
        「ああ。行くしかないんだ。」
         ジョーはただ遠く彼方を見ていた。
        「僕もこの足で歩くことが許されるのなら…。」
        「ケイ、それ以上言うな。」
         許されるのなら、僕はジョーと共に向かうのに。このちっぽけな命を懸けてでもジョーを守るのに。
         この足は歩くことを許されない。
        「仕方ないんだ…。」
         ジョーは自分に言い聞かせていた。
        「この世の中はどうしちまったんだろうな。」
         車椅子に座った僕にはジョーの背が凛々しくて。
        「おかしいよ。どうしちまったんだ。」
         ジョーはただ思いをぶつける。すみれ色の空は何も答えない。
        「誰がこんな世界にしたんだ…。」
         僕も何も答えられない。キィと音をたててタイヤは回る。
        「誰がこんな世界に……。」
         僕と目を合わさないジョーに言う。
        「この世界に住む人間さ。」
        「違う!違う!」
        「何も違わないさ。誰も止めなかったんだ。この戦争が始まる前に、止めればよかったんだ。」
         ジョーがこちらを向いた。瞳は濡れていた。
        「俺らに何ができたんだ!?ケイは何ができたというんだ!?」
         風が頬を撫でる。心優しき兵士の涙は風に消える。
        「僕には何もできなかったさ。」
         ジョーは一層悲しげな顔をする。
        「僕一人では何もできなかったさ。でも、皆がまとまればよかったのだ。大勢で反戦を訴えればよかったんだ。」
         僕はまたタイヤを転がす。
        「誰もここまでひどい戦争になるなんて予期していなかった。誰かが気付いていれば、こんなことにはならなかった。」
         雲がたなびく。ただ、気ままに。
        「気付けなかった俺ら全員の責任ってことか。」
         ジョーはそう言って笑った。
         もうすぐ太陽は地球の裏側に行く。
        「ジョー、明日か。」
        「ああ、明日だ。」
         ジョーは僕の真横に大きな石に座る。
        「気をつけてな。」
        「気をつけてもどうにもならんこともあるがな。」
         明日、君は戦場に行く。
        「自分の命だけは守れよ。」
        「ああ、ケイもな。」
         明日、君は戦場に行く。
        「そろそろ帰るか。」
        「ああ、そうだな。暗くなったし。」
         明日、君は戦場に行く。
        「元気でな。」
        「ああ、お前もな。」
         ジョー、顔が笑っているのに心が泣いているよ。
        「また、逢おう。」
        「ああ、光溢れる未来になったらすぐに逢えるさ。」
        「光溢れる未来は近いか?」
         ジョーは振り返り見た。
        「遠いな。はるか彼方だ。もしかしたら、太陽と闇のように、暗い現在と隣り合わせのものかも知れないが。」
        「遠いか…。」
        「ああ、遠いな。俺が近くしてくるから、ケイは待っていろよ。」
         ジョーの白い歯が僕に投げかけるのだ、最後かも知れんと。
        「早く、帰ってこいよ。」
        「できるったけ早く帰ってくるつもりだ。」
         ここで、手を振れば、別れだ。
        「ケイ…、じゃーな。」
         走っていこうとする。
        「ジョーー!!」
         立ち止まって振り返るジョーは泣いていた。
        「早く、無事に帰ってこい!約束しろ!!」
         ジョーは手を挙げて言った。
        「必ず帰ってくるから、ケイも必ず待っていろ!」
         僕も手を挙げて大きく振った。
         そして僕らは別々の道を歩きはじめた。

         ジョーは一月後、一発の銃弾に死んだ。

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