「誰?」
 急に話しかけられうろたえてしまった。透き通ったその声は氷を連想させるも
のだった。
「あ、えっと、2年の岸田です」
 いぶかしげな顔をしてこちらを見ている。色黒な肌が健康そのものだった。
「そう。2年の岸田さんね。ここで何をしてるの?」
 答えるべきなのだろうか。俯く私に彼女は言葉を投げ付ける。
「ここで何をしてるのかと聞いてるの。答えられないようなことしてたの?」
「いえ、そうじゃなくて…」
「じゃあなに?」
 彼女の声は怒りに震えていた。
「みんみんのこと、ご存知ですよね?」
「知ってる。同じ部活の後輩だからね」
 彼女はコーラス部の3年生ということがわかった。
「まさか岸田さん、みんみんの事故について調べてるの?」
 私は小さく頷いた。
「そんなことやめなさい!そういうことされると困るのよ!」
 彼女は急に表情が変わり、焦りを隠せていない様子だった。
「どうして、そんなに慌てているんですか?」
 彼女の目がおよいでいる。
「岸田さんには関係ないでしょ!コーラス部もね今日から練習再開なのよ。静か
にやりたいから特別棟から出ていってくれる?」
 と、いうことは音楽室の扉が開いているということだ。これはチャンスだ!
「じゃあ、すこしだけサンオンの中、見ていってもいいですか?」
 彼女は渋々承諾した。
 サンオンに入り、あたりを見回す。ドアに向かい合っている壁と非常階段がく
っついている壁にはほぼ一面がガラスであった。
「ずいぶん窓が多いんですね」
「そっち側の窓もこっち側の窓も、中途半端な大きさなんだよね」
 確かにおもしろい。腰の高さくらいから目線くらいまでしか開かないのだ。あ
とは動かずにただのガラス壁というものだった。
 そして非常階段側の窓を開けて顔をだしてみるとちょうどみんみんが落下した
場所の真上であった。手をかけたサッシが冷たくてなにか私を遮るかのようだっ
た。サッシの溝にあるものが落ちていた。小さなブタのチェーンチャームだった。
(あれ? これ確か…)
「なによ。早く出ていってよ」
 先輩に急かされて部屋を出ようとした。しかしあのチェーンチャームが気にな
り、携帯に付いているカメラで数枚写真を撮り、さりげなく金具を持ちブタ自体
に指紋をつけないように持ち出した。そしてサンオンの扉を閉めた。
 ブタと顔を見合わせる。よく見ると金具のところが壊れているし、ブタのおな
かのところにも何かにひっかかったようなスジがついていた。あの時は、ついて
いなかったのに。でも確信したのだ。ブタのおしりに油性ペンで「み」と書いて
あったから。
「ねぇねぇ! 見て見て! このブタさんかわいくない?」
 みんみんは私の目の前にブタを持ってきた。
「うん。これ、なに?」
「あんね、これね、ペットボトルのおまけのブタさん。あ、名前書いておこー」
 私の筆箱をがさごそと勝手にあさって油性ペンで「み」と書いた。
「今日部活あるの?」
「うん! 美樹は?」
「あるよ」
 たわいもない会話をした彼女の最期の日。

To be continued...