(1999年9月〜2000年3月)
最初の車、もらい物。いろいろあったなこの車には・・・。
回想その1「走らん!!」
免許を取って以来初めて乗った車、それはもらったときからおかしかった。一応グレーなのだが天井の塗装ははがれて白くなっており、側面もぼろぼろ・・・。正面から見るとどことなくゆがんでいるような気がするが具体的にどこがゆがんでいるかよくわからないその顔。揚げ句の果てにはもらったときすでにクラッチがすり減っていて、乗りだして2ヶ月位したら松江の宍道湖大橋をいくら踏ん張っても40以上出せなかった車。それがこの車「シャレード」だった。
いつだったろうか。確か冬のある晴れた日の深夜の事だったと思う。あまりにもヒマだったので国道54号を南下していた時、これ以上走ると途中でガス欠になって松江に帰れなくなるくらいガソリンが尽きてきたことを知った私は近道をして帰ろうと、県道を通る事にした。その県道は山の中を抜け松江に通じるもので、昼はまだしも夜ともなるとクルマの「く」の字も見ない、そんなところである。私はいつものようにポンコツを、じいさんが運転する軽トラ並のハイスピードで松江に向けて転がしていた・・・つもりだった。
しかしそれは県道に入ってどれくらい経ったころだったか、いつの間にか中央線が無くなり、だんだん道は細くなっていき、そして上り坂が急になっていき、カーブも急になっていく・・・。あまりに急カーブ+急勾配がつづき、ポンコツが2速でやっと20キロしか出せないくらいの状態になって、とても遅いのだが私の頭脳にやっと重要なことがよぎった。「迷った・・・かも。」と。
こうなったらもう大変である。道に迷った上に、「夜中に、ガソリンは無くて、スピードは出ない」という死の三拍子ともいえるような状態が不幸にもそろってしまった。どこか大きな道に出ようとして躍起になって探すが、道はますますわからなくなる、混乱して自分も訳がわからなくなる、ついでにどんどんクラッチはおかしくなる・・・。「どツボにハマる」とは正しくこのことだ。
そしてよくわからないが坂を上りきった公園らしきところの前まで来たとき、ついにそのときはやって来た。2速でも登らなくなり1速にチェンジしたときに嫌な予感がした。そしてその次の瞬間、車内はゴムの焼けたような、なんともいえぬかぐわしい香りに満ちあふれた。
頂上の公園まで来たとき、車はゆっくりと止った。私はその時、シャレードが「明日のジョー」の、ジョーに勝ちはするもののその場で力尽きた力石徹の姿が重なって仕方がなかった。