無気力人間
今の日本に多くみられる現象
日本人のやる気なし現象・・・
これはなぜ起こっているのか・・・
sesilは教育期間の親に問題ありとみている。
叱ることと怒ることを一緒のことだと錯覚している場合が多いのだ。
親の世代を教育したそのまた親の世代は戦争経験者である。
つまり『欲しがりません勝つまでは』が染み着いているし
戦後の食料事情を経験しているのだ。
だからこそ軍事的な教育であっても
そこに生きる武士道精神と筋というものがあったでしょう。
そういった背景からどう考えられるかというと
叱る時(筋の通っている理由で)はものすごく恐怖するほどの怒り方
でも普段はしょうもないことでは簡単には怒らない。
ハッキリ言って理想に近い怒り方(教育法)です。
しかし今現在の親は直接戦争経験者はおそらくいないでしょう。
つまりある程度の物がある時代に生きた者達で
なかなか我慢強い人はいない。
普段からよく怒る・・・。
結果怒ることに慣れてしまい怒らずにはいられなくなる。
そこには子供を想う気持ちよりも自分の感情を抑えられない結果として
怒っているだけでしかなく子供もそこに不満を感じる。
だからこそ機嫌の良い時と悪い時で対応や接し方が変わってくる。
怒られることの多い子供はそこに無意識に気づき
機嫌をとるということを覚えて子供とは思えない発言や行動が増える。
かと思えばわざと子供っぽくほほえましい行動を見せて
親の機嫌をとる。
そういったことをしている子供は悩みが多く
辛い人生を送ることになるでしょうが・・・
機嫌をとられているとは思ってもみない親は
やはり子供は子供と思いあしらっているつもりにはなるが
子供からすればかなりの苦労があるであろうしむくわれない。
生きるための知識として手に入れているのだ。
それが定着してしまうと子供のくせに表面上の付き合いをはじめる。
本当の友達ができないゆえんはそこでしょう。
そういたところから生きるためにという感覚が生まれて
生きてさえいればよくなってくる。
その原因としては怒られることで脳内分泌物ノルアドレナリンの
分泌量低下にあるでしょう。
やる気を出すためのノルアドレナリンの分泌量が低下することで
やる気自体がなくなってくるのである。
解決策としては赤い物を見るという手はあるが
それ以上に親が変わらないことには治しようがないでしょう。
親の苦労は子供にはわからないのと同じで
子供の苦労も親にはわからないものであるのだ。
そのせいで今の何をやっても続かない無気力人間が増えているのである
感情に任せて怒るなどは大人となっては
恥ずべき行為であると知るべきです。
未熟な大人の増える課程には下記のような理由があると考える。
1、人間は嫌なことほど覚えているものだ。
親に即して考えると親からものすごく怒られた。
恐かった。殴られた・・・等の軍事的教育が染み着いている。
だから「私はここまでやられた。このぐらいのことでなんだ」
という感情がぬぐえない。
2、夫婦共働きの増加
「あなたのために働いているのだ。」
という気持ちが膨れあがる一方
それを気にもかけず遊びまくる子供に憤りを感じる。
勉強しない・・・やる気がないが目につく。
幼少期に許せていても苛立ちは募ってくる上に
共働きで安らぎの場所はなく癒してくれるはずの存在も
仕事疲れでいらいらしている
余計にストレスがたまり子供にきつく当たりはじめる。
3、世間体や噂話しと近所づきあい
自分の一家がなんと言われているのかが気にかかる・・・
しかし休日にしか顔をあわす機会もなく
気になる噂を聞いても良い噂は耳には入らない。
わざわざ本人を目の前にして良いことを言う人もいないでしょう。
悪口を陰で言うから噂話なのだから・・・
ストレス要因の一端となる・・・
これらの理由で親のいらつきは想像を絶するでしょう。
結局どうすれば良いのかを考える暇さえもないのですよ。
しかし子供の人権無視も見過ごせない。
具体的解決案もないまま愚痴るしかないのですよ。
こんな部分まで手を伸ばせる政治家に期待しましょうか・・・?
無理でしょうけど・・・
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