頭のよい人達



頭のいい人達はそれだけで苦労し苦痛を味わっている。
それが原因で芽が出ない、育つ前に潰されるということが多い。
その原因は妬み以前の問題で精神的な死に至ることもある。
人というのは悪意を隠し善意は必要以上に出す。
これがその原因なのだ。
それは集団生活を強いられている人類にとっては
仕方のないことなのかも知れない。
頭のいい人というのは基本的に神経質だろう。
なぜかと言えば少しのことにでも注目出来る視野の広さ
これを持ち生きることでいろんな発見と出会い自己を進歩させるからだ。
だがそれが仇となるのが現代の日本の社会なのだ。
上記にあるように人は悪意を隠し善意を出す。
それはつまり凡人の気づかぬところに悪意が
満ちあふれてることがあるということだ。
人の言葉の裏側わかる感性と法則性を見抜いてしまう視野の広さで
頭のいい人はモロにダメージを受けてしまうのだ。
言動や仕草から嘘を嘘だとわかってしまうことは
嘘を見抜かれた側以上に見抜く側にダメージが及ぶ。
追い打ちをかけるように見抜かれた側はその言葉について
さらなる嘘で隠そうとしたり、人を信じない奴との烙印を押し
距離をおいて接し始める。
これが精神的苦痛を与えているのだ。
個人的な話になるがsesilの末弟はsesilと桁違いの頭脳を持っている。
兄としては悔しいものだがそれ以上の苦痛を味わっている弟のように
なりたいとは思えないしその苦しみも理解出来ない。
それでも迷惑をかけないように生きようという姿勢に
その強さは伺えるもののやはり学校のような悪意渦巻く場所へは
いけないようだ。
普通のものにとって普通である言葉の裏の意味を
わかってしまうことへの精神的苦労と苦痛は計り知れない。
しかしかわいそうだが第3者に救うことはできず
自分で割り切る、諦める、開き直ることしかないのだ。
天才に変人が多いのと同様に
頭のいい人の言うことは理解されにくく子供の社会では
それが強く表れる。
そして仲間はずれにされる。
弟は言った。

 学校に行っても話しかけず話しかけられない7時間は
 嘘や悪意がわかってしまうより苦痛だ。

と・・・。
日本のシステムとして異端児及び異質な者の排除という精神が
かなり強くあるようで大人の社会の反映される子供の社会も
そのままその影響を受けてしまうのだ。
ではなぜ子供の社会は大人の社会を反映してしまうのか。
子供は親の背中を見て育つと言われる。
子供というのは親と同じようになろうと無意識に感じているようで
親のとる行動をチェックしていることが多い。
想像力豊かな子供時代にそれを見てしまうと
大人の社会の汚い部分までを無意識に取り入れて
実現してしまう。
恐ろしいまでのコピー能力で大人の社会を作り上げるのだ。
頭のいい者が大人の行動を見て
無意識に取り込むところを意識的に取捨選択する。
これがそもそもの違いなのだろうが
大人の悪意を受ける容量のない子供
(頭がよくても所詮経験の少ない子供)にとって
そのことでノイローゼに近い症状を起こすこともあり
段階を踏む人間に生まれた者にとっては突然変異ともいうべき
異質な存在であるのかも知れない。
苦しむ弟を見てそれを受け入れるだけの社会全体の器が
今後少しずつでも大きくなることを切に願う。

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