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第二章  それぞれの過去の話とか


陽介は、薄暗い部屋に電気をつけた。

6畳ほどの部屋がひろがる。

男の一人暮らしにしては、きれいすぎるほどの部屋。

生活感がなさすぎて逆に怖いくらいだ。

奥に襖で仕切られた部屋があるが、襖は閉まっている。

陽介は、お世辞にも広いとはいえないキッチンで、

「おーい、コーヒーでいいか?」

と声を上げる。

「うん…」

と、頷く希。

いつまでも立ったまま部屋を眺めている希を見て、

「なに突っ立ってんの?」

と、カップを2つ机に置き、座りながら、陽介は尋ねた。

「ううん、何でもない。」

「そうか…」

久しく会ってないからか、話題が続かない。

秒針が一周するころ、希が口を開く。

「陽が実家出て何年だっけ?」

「えーと…、3年だっけかな」

「高校卒業した後すぐだったね、東京行ったの」

「あの後すぐだったな…」

不意に陽介は希の左肩を見て、

「傷は無くなったのか?」

と聞くと、

「ううん。駄目。医者にも傷が残るって言われたし。」

「そうか…」

深刻な顔で黙り込む陽介。

「ごめんな、あの時もっと早く助けに行ってれば………」

「いいよ、全然気にしてないから、犯人も捕まったし」

「………」

「さてと、コーヒーのお礼にご飯でも作ってあげるよ。まだでしょ?」

「ああ、でも作れんのか?」

「大丈夫だよ、食べれると思うから」

思う?まぁいいや。

キッチンで料理を始める希。

それを横目に見ながら、陽介は考えていた。

あの事件のことを…

3年前、陽介と希が高校を卒業してすぐの春の夜。

希は中学の同窓会の帰り道、綾瀬駅前で暴漢に襲われた。

強姦寸前で希のヘルプを受けた陽介が駆けつけた。

数的不利もあって、ボコボコにやられる陽介。

たまたま通りかかった警官に犯人は取り押さえられた。

希はほとんど傷はなかったが、左肩の傷は大きく、跡が残ると医者に言われた。

後から聞けば、主犯格はプロレスラーだったそうだ。

あの時、ちゃんと戦えていれば…

その思いから、事件の5日後陽介は東京へ発った。

「陽、出来たよ」

「おう」

いきなり現実に戻される。

「そういやお前さ」

「何?」

希が振り返る。

「男は怖くなくなったのか?」

「まだ…、でも陽は長い付き合いだからね、大丈夫」

「それはどうも」

「ねぇ、陽は何の仕事してんの?」

思い出したように希は尋ねる。

「俺?今ライター。」

「何の?」

「…格闘技。」

「そ、そうなんだ」

また沈黙。

「食べよっか」

「そうだな」

その後、飯を食い、テレビを見ながら世間話をして、居間に布団を出して希を寝かせた。

夜、電気のついてない部屋。

希はうなされていた。

あの事件のことを久しぶりに思い出してしまった。

悪そうな男達に囲まれ、咄嗟に逃げた。

追いかけてくる!

女同士では徒競走では負けない希も男にはかなわない。

走りながら携帯を最も信頼できる男へ繋いだ。

「もしもし、陽っ!助けて!駅で変な男に追われて…」

電話が切れた。

男との差がみるみる無くなっていく。

とうとう路地に追い詰められた。

力でも男には勝てない。

衣服は破かれ、ブラジャーだけにされた。

けれどこのままでは悔しいので、男の指を思いっきり噛んだ。

痛さに叫ぶ男。

その隙に体勢を変え、逃げようとするが、また囲まれた。

男に顔面を殴られる。

希は必死に体を動かして致命傷を防ぐ。

やがてほかの男に押さえつけられ主犯の男は思い切り振りかぶった。

とその時、息を切らせながら陽介が駆けつけてきた。

希を助けるが、キレた男達に殴られ、蹴られる。

パンチの一発も返せない。

ボロボロになっていく陽介。

もう希は見ていられなかった。

陽介が意識を失う寸前に、たまたま通りかかった警官に取り押さえられた。

連行されていく男達。

それを横目で見ながら座り込む希。

陽介が心配して声をかける。

陽介が差し出した手を払いのけ、

「殴られるのはしょうがないけど、なんで一発返さないのよ!殴ろうともしなかったでしょ!!!陽っていつもそう、女の私に守られてばかりの、弱虫!!!!男だったら、もっと強くなってよ!!!!」

ばっと目がさめた。

希は起き上がったままぼっーとしていた。

なんで私あんなこと言っちゃったんだろ…

相手がレスラーなのに素人の陽が返せるはず無いのに…

それに陽は私のこと助けに来てくれたのに…

「おい、どうした?」

音に気づいた陽介が奥の部屋から顔を出す。

「大丈夫。ちょっと悪い夢見ただけ。」

「あの時のか?」

「うん…」

「ごめんね…」

「ん?」

「あの時さ、私ひどい事言っちゃって…」

「いいんだよ、俺が悪いんだから…、だから今日はもう寝ろ」

「わかった…おやすみ」

「はいおやすみ」

また部屋が静かになる。

本棚から雑誌を取り出し、ページを開く。

そこには大きく、

「田之上、会社との対立を理由に退団!!!」

と書かれていた。

パソコンの電源を落としながら陽介は、

「言えないよ、やっぱり」

と小さく呟いた。
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