| 12月1日 昨日かえりました。 実は県病院での手術は失敗でした。 眼圧の正常値は10〜20なのですが県病院では術後は低眼圧が続き(0〜3ぐらい) 結局ガスをいれました。すると3、4、6、7と順調に眼圧が上がってきて そろそろ10前後で落ち着いたら退院かなといっていた矢先に事件は起こりました。 7が出た日の夜11時半。 急にすごい吐き気と頭痛が。 すぐに主治医の先生に来てもらって眼圧を測ると33でした。 一気に眼圧が上がった為に起こった悲劇でした。 それからは地獄でした。 毎日眼圧をさげる点滴と痛みを和らげる筋肉注射を4本ぐらい刺していました。 一日中何も気分が悪くて食べれないので胃液や真っ黒な胆汁ばかり吐いていました。 そして最後の手段として「水を抜く」作業を1日1回しました。 感染症の危険があるのであまり使えなかったのですが抜いた直後は眼圧が下がるので 元気になりました。 しかししばらくするとまた水が溜まり眼圧が上がり吐き気と眼痛と頭痛で一日中のたうちまわってました。 それが結局8日間続きました。 常にゲボゲボやっているので遂に嘔吐物に血が混じってしまいました。 胃潰瘍だったようです。 僕は遂に最後の選択をすることになりました。 「ここにのこって新しく濾過胞を作るか」それとも「転院して手術を受ける」でした。 11月13日の夜でした。 僕は県病院の先生を信じていたので再手術を望みました。 しかし県病院の先生は泣きながらおっしゃってくださいました。 「うちの病院よりもあちらの病院の方が症例も豊富で治療法が確立されているかもしれないから・・・。」 先生が立ち去った後、母が「先生泣いてたよ。」(僕は見えていませんでした)と聞かされたとき泣きました。 そして次の日の朝8時に水を抜いてもらい直行で広島駅までタクシーで移動。 すぐに新幹線に飛び乗って奈良県天理市まで。 ついてすぐ入院、手術をしました。 そしてしばらく眼圧が安定しませんでしたが、 なんとか落ち着きかけたので今日退院という運びになりました。 ホント人生でもっとも長い一ヶ月と一週間と4日。 色々有りました。 まだまだこれからどうなるかわかりませんが一応帰りました。 センター試験まであと50日。 胃がまた痛くなりそうですががんばります。 12月13日 今日の授業は楽だったなあ〜。 1時間目國語→生徒が黒板使って授業。することなし。 2時間目体育→雨で自習。赤本見てた。 3時間目数学→素で自習。赤本の続き。 昼休憩。 4時間目化学→これまた素で自習。赤本解く。 5時間目HR→自習。赤h・・・。 帰宅。 こんなもんでええんですかいの!?( ̄□ ̄;)!! 12月22日 今日は12月期の最終面談が学校でありました。 いやー、ホントこれは多分大丈夫だろう、と思ってたのに 実はそうでもなかった・・・みたいな感じでした。 担任からは島根も受けてみたらどうだと言われるし。 島根か〜、みたいな感じでした。 「車の免許も取らせてくれるし寮も完備だぞ。」とか強調されたし・・・。 ん〜。まぁ、まずは資料請求から・・・。 もし良かったら島根を受けるかも・・・。 <今のところ・・・> 広島医療保健福祉専門 川崎リハビリ専門 吉備国際大 +(島根リハビリ専門)です。 センター受けるけどもっとも得意な地理がいらんというのも困った。 うーん、とりあえず勉強、勉強・・・。 12月26日 今日から河合塾第3ターム開始。 なぜかセンターで要らないはずの地理まで受講してたりして なかなか疲れた。 地理の先生がすごい人で声を聞いたら失神しそうになる。 授業形式が「コント(?)」というのも日本全国でこの先生しかいまい。 その声はまるで隣のビルの人のために発しているような大きさ。 しかも超だみ声。 先生「狭まる境界はな!こことここがぶつかりあって山が!・・・」 そこらへんの生徒(ビビリ気味)「できる・・・。」 先「ぶつかって山ができるってことは後ろのほうにも山が!・・・」 ビビリ生徒「できる。」 先「ちゅ−ことでこれが狭まる境界なわけやな!」 先「じゃあ〜・・・」 誘導尋問じゃん。・・・しかも生徒はその声でビビリまくりで一瞬当てられると固まるし。俺も当てられたときは「ウッ!!!」と思って0.5秒間 思考停止になったけどそんなことしてるうちにも コント(?)はつづいている。さあはやく「受け」ねば!!! モロ「・・・できる。」 先「はあ(`д')?何言っとんじゃわれー!!!まじめに答えーやー!!! モロ「ヒー。」 ・・・てなことも無かったんですけどほんとにそれぐらい 息が詰まりそうでした。 受けなくてもいい授業であんなに寿命が縮むのは 嫌です。 |