ネズミの詩
-------------------------------------------------------------------------------- ほんの数ヶ月…そう、ホントほんの数ヶ月前のことだけどな。 無茶ばかりやってたな。 思い返してみればロクな記憶は無い。 ……。 マジでロクな記憶がないな。 …今、少し殴りたくなったね、少し前の俺自身を。 けどまぁ、それでもアイツのことは忘れてない。 今後も、おそらく一生忘れることはないだろうな。 アイツに許してもらえるとは思ってないけどさ…。 でもな、俺はヤツのことを覚えておく義務がある。 そう思ったんだよな。
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ネズミの詩〜語り出し〜
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…人間にはどうしても通る場所ってモンがある。 それは例えば嫌な思い出だったり、良い思い出だったり、な。 ほら、アンタにもあるだろ? 何だか良く分からねぇけど、自分を取り巻く環境について疑問を持ったりとかさ。 理由なんてねぇさ、何となく思っちまうようなことなんだからさ。 まぁ、いわゆるチンピラになっちまう原因みてぇなモンか。 ネガティブっつーか何つーかな、無性に周りのものが憎らしくなっちまうような時期だ。 ちっとでも嫌なことがあったら、周りに当り散らすような時期だ。 まぁ、俺はほら…こんな身体だろ? だからさ、そういう時期が少し早かったりしたわけなんだな、コレが。 それでだ、話は戻すが。 例えばチンピラの気持ちを言うならな、常に嫌な気分になってるってところだ。 取り巻く環境がウザったい、煩い、鬱陶しい。 世界自体が憎らしい。 でも、一番嫌なのは、自分自身がその程度のクソガキだってことだ。 コイツが一番タチがわりぃ。 何しろ自分が生きてる限り存在する『一番身近な理由』なワケだからな。
あぁ、気付いたか。 その通り、そのチンピラってのは俺のことだ。 俺はその中でも何つーか…自分が知ってる中で最悪の部類に入るチンピラだったな。 何しろ気に入らないことがあったら有無も言わさず、特に何も考えずに殴りかかってたからな。 …ん、喧嘩なんて日常茶飯事ってヤツだ。 一方的な暴力だって記憶にあるさ、無論…俺が加害者の方、だけどな。 で、だ。 そういう時…俺は常に無表情、『アイツ』は常に微笑みを浮かべててな。 周りは小声でそんな俺らを『路地裏の怪物』とか呼んでたね。 言い得て妙だよな。 町の中、怪物が入ってくるはずの無い場所に居る『怪物』 それが何って人間なんだからさ。 …あの頃、それが楽しくてな。 いや、むしろそれしか出来ないからこそ楽しんでた、ってとこもあったと思う。 今は後悔してるけどな、後悔しても遅いか…まぁやっちまった後だしな。
それでだ。 俺はそんな時期に…世界を憎らしいと思う時期…に、暴力に手を出した。 でもな、人によってやり方は様々なんだよな。 憎しみを飲み込み、溜めて固めてるヤツ。 本当は気付いているのに気付かないフリをしてるヤツ。 酒に溺れるヤツ。 ギャンブルにはまるヤツ。 世界を変えてやろうとするヤツ。 自分を変えてやろうとするヤツ。 他にも色々あるだろうけどな。
ところが、だ。 何事にも例外ってのは存在するモンだ。 何もしないヤツ。 そんなのも世の中には居る。 例えばアイツだ。 アイツはなんにもしない。 考えることも努力も、なにかやろうというちょっとした兆しさえ、見せやしない。 ただ世界を憎み続ける。 自分を変えたいなんて死んでも言わない。 世界を変えたいなんざもってのほかだ。 いや、言わないんじゃないな。 思ってないだけか。 でも…世界を憎み続けるなんてな、正直キツいことだ。 人生で苦労するなんてことよりもある意味ではキツい。 で、結局そんなヤツはな、どうなると思う?
自分か世界を壊そうとするんだよ。
耐えられなくなるんだろうな、心っつーのかな。 ま、そいつはそれでお終い。
同情はしない。 そんなモン、相手にとっても自分にとってもクソの役にも立たないモンだ。 誰にだって世界を丸ごと憎む時期ってモンはある。 誰だって持て余すさ、そんな感情なんて。 何しろ理由なんて無いんだからな。 自分で何とかするしかない。 そうじゃないか?
…でもな、アイツにはその理由があったんだよ。 世界を憎み、自分を憎むに足る理由ってヤツがな。 アイツこそ正に『怪物』だった。 自分を憎み続ける資格を持ったイカれたチンピラ。 俺みたいなネズミとは格が違う。
俺はアイツを『ナナシ』と呼んだ。 それ以外の名前は知らない。 元々名前なんざそいつを示す番号みたいなモンだ。 路地裏の世界じゃあまり関係なかった。 そうだな、俺が町をうろつき始めた時期にはすでにアイツは有名人だったな。 『路地裏の怪物』って名前を始めて聞いたのもあの頃だ。 評判? そんな二つ名付けられてるようなヤツが良い評判持ってるワケもないだろう。 見た目はただの大人しい系で、微笑み浮かべたその顔は充分美形ってヤツだったな、男の俺から見ても。 でもな、大抵のヤツはそんなアイツの微笑を見ようとはしなかった。 目を合わせた瞬間、笑顔のままで相手を殴り飛ばすようなヤツだったからな。
俺がアイツと話すようになったのは何時だったか…。 確か、真正面から睨み付けたからかな。 あの頃の俺はある意味命知らずだったからな。
見た目は大人しめの美少年、でも中身は悪魔のような不良。 そのうえヤケに頭も切れる、喧嘩は強いしタフ。 路地裏の常連にさえどう扱って良いのか分からないようなタイプだな。 でも、ナナシはそういうヤツらは気に入ってなかった。 一瞬でもナナシに取り入ろうとした連中は蹴り飛ばされたし、 一瞬でもナナシを笑ったヤツはその顔の形が変わるくらい殴られた。
喧嘩が強いってことは、躊躇わないって事だ。 人を殴るのは自分の拳だって痛いし、一時の感情を後で後悔することも多い。 でもな、ナナシは絶対に躊躇わなかった。 殴ろうと思ったら一気に踏み込んで言葉通りの容赦なしの一撃を急所に入れ、悶えてる所に続いてトドメ。 強かったさ、そりゃもう誰も適わないくらいにな。 俺の方が腕力は上だったが、ヤツに勝った記憶は無いな。
しかもアイツがその辺に座ってるだけで女が寄ってくるんだ、コレが。 ナナシに女が切れたっつー話は聞いたことがない。 クソガキだったその当時、それがどれだけのステータスを持っているか想像つかないか? 何しろ見た目はハッキリ言って良い方だ。 美少年って言って良い、マジで。 傍から見れば、俺みたいな容姿最悪な男は一緒に居て霞むどころか眼中にすら入りそうにないくらいだな。 でもな…ナナシにとっちゃそんなステータスだって世界を憎む理由の一つにしか過ぎなかったんだよ。 アレだな、本人はモテたかったワケじゃないんだよな。 アイツは『その辺に座りたかったから座っている』だけだったんだ。 憐れんでもらうためにヘタリ込んでるんじゃなかったんだ。 「座ってるだけで憐れんでもらわなきゃいけないほど、ボクは惨めに見えるのかな。」 そんなことを、ポロッと聞いたっけ。 …そんな考え方持つこと自体、珍しいと言うか。 やっぱアイツは頭が良かったんだよな。 俺みたいな馬鹿は、ただ寄ってくるだけで喜ぶしな。
…でも最近思うんだよな。 優しさと憐れみを、見分けられるようになるには何が必要か。 それは多分、自分を可愛がらない知性、それと本物の優しさに沢山触れること。 ナナシは頭が良かった、そして喧嘩も強かった。 けど誰か本物の優しさをアイツに向けてやったことがあっただろうか。 もちろん、俺も含めて…だけどな。
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