久しぶりに日記

皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

明日からやっと予備校が始まります。これでだらけたムードともおさらば、今年の雪辱を果たすべくがんばるぞといったところです。

さて、近況報告みたいなことを。

最近、グラインドコアというジャンルの音楽にはまっています。

知ってる方ならば、あれは音楽というのか、といいたいところかもしれませんね。

え、どんなのかって?

一言で説明するのは難しいんですが・・・

擬音語で説明するなら

 

 

 

ブンブンベキョベキョギュルルルシュイーン

ヴォーヴォーヴォヴォヴォーッヴォッヴォヴォヴォーヴォー

ギヤァァァァァァァ!!

ギュルルルギュルルブルブルブルボンボン

ドコドコドコドコドコドコドコドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

シャンシャンシャン!

 

みたいなかんじ。

え?

と。

これは決して工事現場の音ではありませんよ。まぁそういう音楽(?)もあるということです。

たとえば。

メジャーなところでいうと、初期のNAPALM DEATHやこれまた初期のCARCASS、そしてCRYPTPSYなどなど。

現代の、いわゆる「音楽」とはまったく対極にあるものといっても過言ではないでしょう。

ですが、これを「音楽じゃない」と簡単に切って捨てることに対しては、疑問を抱かずにいられません。

そもそも芸術とは、流動的なものではないでしょうか。音楽は言うまでもなく芸術の一分野です。それならば、「音楽とはこうでなくてはならない」と一まとめにしてはいけないはずではないでしょうか。

音楽は「音」です。

極端な話、「音」でありさえすれば、それは音楽である可能性はあるのです。絶対音感を持ち合わせている人は、車の騒音でも性格に音階を当てることが出来るといいます。

メロディーがなければ音楽ではない、綺麗な声でなければ歌ではない・・・そんなことは一体誰が決めたか。

それは歴史です。

いままで我々が築き上げてきた文化、歴史、それが固定概念を生み出しているのです。それらから演繹的に搾り出された答えが、一般人が持っている概念としての「音楽」なのです。

先述のとおり、芸術は流動的なものです。つまり常に先へ先へと動いていく。

停滞してしまった芸術はもはや芸術ではありません。それは或いは伝統とよばれたり、文化と呼ばれたりしますが、結局のところ、ただ大衆を喜ばせるためのものにすぎません。

それは同時に、大衆を煽動し、新しいものを生み出す際の枷になります。

なんだあれは、異常だ。変だ。気が違ってる・・・

新しいものは、常にそういった評価を受けます。それでも一部の人間は、そういう風評を気にも留めずに自ら信じる道を歩み続けるでしょう。しかし、その運動は、飽くまでアンダーグラウンドでマイノリティーなものに留まります。その限られたステージでのみ、人気を得ることが出来ますが、所詮閉じられたフィールドです。認められないままどんどん深化していき、排他的になるにつれ、ますます外からは「異様の集団」として認識されるようになる・・・

僕は決して、文化や伝統を破壊しようとは思いません。しかし、それらが足を引っ張り、新しいムーブメントを呼ぶ可能性のあるものを排斥してしまう傾向にある(いくらかは是正されてはいるけど、いまだにその感は拭えません)この現状に、多少不満が残るのです。

いかにも音楽に精通している風な連中が、『デスメタルやグラインドコア、ブラックメタルなどは「音楽ではない」』と言っているのを聞くにつけても、「貴様たちは本当に音楽に理解があるとはいえない」と思うのです。

 

とどのつまり、「デス」とかそういう凄そうな名前がついてるからって、やたらに敬遠せず、一度くらいは耳を傾けてはいかがでしょうかという話なのでした。